ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491767hit]

■駆けて行った白い雲/DVD『ヤング・フランケンシュタイン 特別版』ほか
 昼間、ポケットになにげなく手を突っ込んでみると、そこに一冊の文庫本が。
 ハテ、これはなんの本だったかいのう、と目にしてみて、慌ててポケットの中に本を戻す。
 タイトルは『官能アンソロジー 秘本』。堂々たるエロ小説である。
 ……別にエロ小説に偏見はないが、日頃から読んだりする習慣はない。それがなんでそんな本を持っていたかと言うと、拾ったのである。
 先日の劇団の打ち上げの帰り、電車に乗っていて、座席にポンと置かれていたのがこの本。というより捨てられていたのだな。マンガ雑誌の類だったら、そうそう持っていったりはしないが、こういう本を読むことは滅多にない。しかもメイン作家が南里征典、私はこの人を『未完の対局』のノベライズでしか知らなかったのだが、なんとアクション小説からエロ物まで書いていたのである。作家は食うためにはやっぱりなんでも書かねばならぬのだなあ、と思いつつ、ポケットに入れて忘れていたのだね。
 でも、あのときは勢いで持って来てしまったけど、考えてみれば私も思いきったことをしたものだ。あのとき同席していたのは女房、鴉丸嬢、よしひと嬢、妙齢のご婦人方ばかりではないか。意識はしてなかったが、もしかしてみなさんに私が相当なスケベだと言う印象を植え付けてしまったのではないか。
 いや、あの、アレはただ単に珍しいものはつい読みたくなってしまうという純粋な好奇心によるものでしてね、別に女体の神秘が知りたいとか、濃厚な描写に耽溺したいとか、よからぬ妄想に悶々としたりしたいとかいうわけではないのですよ。
 ……ああ、いかん! 言い訳すればするほど中年オヤジみたくなってしまう。って中年なんだよなあ、私(タメイキ)。

 昨日、久しぶりにオタアミに藤原敬之名義のままで『クレヨンしんちゃん』についての書きこみをしたのだが、早速反応のレスがついた。
 最近はオタアミに書き込みするにしても、どのようなことを書けばレスがつくのか見当がついてきたので、多少「ねらって」みたのだが、反応は上々でうれしい(こういうことを書くと女房はすぐ「この策略家」となじるのだが、別に策略なんて悪辣なものではないぞ)。
 要するに、「空白と多少の見当違い」を入れておけばよいのである。
 「空白」は、その作品の重要な魅力にあえて触れないでいる部分。今回、ほとんど父親のひろしの視点で文章を書いたので、しんちゃんや子供たちの視点や描写についてはあいまいなままである。そうすると「なぜ、こんな大事なことを見落としてるんだ!」と反応がある。
 また、「多少の見当違い」は、些細な点にこだわったように見せること。そうすると、「そんな細かいことに拘るな!」とか、逆に「もっと細かく分析せんか!」と反応される。
 要するに「未熟者だねえ」という反応が来るってことだが、別にそのためにあえて無知なフリをしてるってワケではない。自分の無知な部分は無知なものとしてさらけ出してるだけだ。要は書きこみが活性化することで「映画、見に行ってみようかな」、という人たちが現れてくれればいいわけで、実のところ、人が映画館に足を運ぶのはその映画が誉められてるか貶されてるかにはあまり関係がなく、「話題になってるか」だけだったりするのだ。
 もちろん、だからと言って、自分が感動したものをあえてけなさにゃならんなどと考えちゃいない。私はともかく素直にあの映画を見て感激し、帰りの道すがら人にどう見られようとかまうものか、と言いたくなるほどに涙に頬を濡らしていたのだ。
 それをそのままあまり抑制を加えずに書けば、自然に突出した文章となる。反応はすべからくある。冷静で分析的な、ちょっといやな言い方をすれば気取った姿勢が必ずしも人の心に届くものではないということを自覚せねば、生きた文章を書くことはできないのだろう。

 DVD『ヤング・フランケンシュタイン特別版』見る。
 「特別版」と銘打っただけあって、これは最高に「買い」の一本。

[5]続きを読む

04月23日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る