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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■今日も伏字、明日も伏字/『トランジスタにヴィーナス』2巻(竹本泉)ほか
年度末で仕事がゴタゴタしてくる。
どれくらいゴタゴタしてたかというと、○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○。○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○。○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○。
……なんだかホントに戦時中の検閲みたいだな。戦後民主主義の最大の罪は、自分たちが戦前とは形を変えただけのファシズムを標榜しているのだという自覚を、本人たちから取っ払ってしまった点にあると思う。
この伏字は「自主規制」という形をとっちゃいるけど、ストレートに書けば必ずファシストたちの目の敵にされてしまうのだ。具体的になにかを書かずとも、2001年という時代に、どれだけの既知外どもが跳梁跋扈していたかの証拠になろう。
サッポロビール記念館『ビールのポスター』見る。
戦前までビールのポスターはたいてい手描きの絵で、写真は殆ど使われなかった……というのは知ってたが、実際にその絵を見てみると、他にいろいろと気がつくこともある。例えば、その絵のモデルさん。
絵だから、完全にオリジナルのキャラクターかというとそうではなくて、殆どが写真を模写したようなリアルな和服美人、しかも映画女優のスチールあたりを勝手に使ったと思しいものばかりなのである。著作権とか気にならない時代だったんだろうけど、面白いのは、「ニセものだからちょっと違う」という感じで、微妙に変えてあるところなんだよね。
最も初期の1915年ごろのポスター、顔を見る限り、それは栗島すみ子だったり(知ってるかな? 日本初のアイドル女優であり、芥川龍之介の小説に出てくるくらい古い人です)、山田五十鈴(ホントに長いよな、芸歴)だったりするのだ。しかも、よく見ると、胴体と顔の向きがあってなかったり、比率があってなかったりする。つまりこれ、もともと胴体の絵と、顔の絵と別物だったのを、合体させて作ってるんだね。80年前のアイコラかい(^^)。唐沢さんの『キッチュの花園』で取り上げてもいいようなネタだよなあ。
惜しいのは、この本を編集したのがオタクだったらもっと面白かったのにな、ということである。ポスターをただ収録してるだけで、少しも解説もツッコミもつけていない。……自社商品にツッコミはつけんか(^^)。でも一言くらいコメントが欲しかった。
初期のポスターの中には、でっかいビール瓶に寄り添って立つセミヌードの女性が描かれているものが一枚だけあるのだが、後書きを読むと、「当時どのような反響を巻き起こしたか、記録されていないのが残念である」と、ちょっと編集者の本音が出てるところが微笑ましい。
「ミュンヘンビール」のポスターなんて、外人の子供がビール飲んでたなあ。これまさか、子供でも飲める酒って意味なのか?
光文社から『山田風太郎ミステリ傑作選』として、文庫シリーズ全10巻が刊行され始めた。風太郎ファンとしてはこれはもう買うっきゃないのだが、代表作はたいてい読んでいるのである。
第1巻の『眼中の悪魔』、もうウチに何冊あることやら。昔、江戸川乱歩が「うちには『陰獣』が何冊あるか分らない」と言ったとかいう話だが、似たような状況の本はウチにもたくさんある。長編の場合はあまり重ならずにすむが、中短編は編集のしかたによってどうしてもダブリが出てしまうのである。それだけ評価が高い作品だということだから、ファンに取っては嬉しいことじゃあるんだけど。
『眼中の悪魔』もそうだが、『黄色い下宿人』のような無駄のない短編を三十になったばかりの年齢で書けるというのは凄い才能だ。風太郎ミステリのファンは忍法帖シリーズを馬鹿にし、忍法帖ファンは風太郎の本格ミステリ作家としての才能を無視する傾向があるが、この二者の幅の広さこそが、風太郎の面白さの本質なのである。
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03月27日(火)
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