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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■DO YOU REMEMBER?/『梶原一騎伝』(斎藤貴男)ほか
 探偵作家・水谷準と俳優・新珠三千代、死去のニュース。
 どちらも好きな方だったので、何か書こうと思って、ふとカンが働いて唐沢俊一さんの裏モノ日記を覗いてみたら、しっかりお二人について語られている。しかも私が書こうと思っていたエピソードまで同じ。
 まさしくシンクロニシティってやつなのだが、世代が近いと、その人物に対するイメージというものは自然と似通ってくるものなのだろう。
 とは言え、好きな人がなくなったというのに他の人が書いているからと言って書くのをやめるのも変な話である。特に日頃「ミステリ」という一般的な呼称を使いつつも、本当に好きなのは「探偵小説」なのだ、と思っている私が(エラそうに)、水谷準の死に何の反応もしないというのは、ファンとしての名がすたる。というわけで、唐沢さんのとあまり話がダブらない程度に書いとこう。

 「水谷準」という名前を聞いてもピンと反応する人は殆どいなくなってしまったのではないか。
 戦前、モダニズム文化の発祥、探偵小説の牙城として一世を風靡した雑誌『新青年』の編集長も勤めたが、創作、翻訳にも健筆を振るった。『お・それ・みお』や『カナカナ姫』などの幻想探偵小説は今でも各種作品集で読むことができる。丁度角川文庫で『新青年傑作選』が復刻されていた矢先だったので、興味のある方は読んでみてもらいたい。

 代表作の一つ、『恋人を喰べる話』はこんな筋である。
 浅草の歌劇団に通い詰める一人の青年がいた。彼はその歌劇団の踊子の一人、百合亞という名の少女に恋していたのだ。青年はやがて百合亞と知り合い、心を交わし合う。しかし百合亞は病魔に冒され、余命幾ばくもない身となった。百合亞はさりげなく青年に自分を殺してくれるように頼む。
 「私の首を絞めて下さらない? そしたら私はきっといい児になれますわ……」
 数刻後、百合亞は青年の腕の中で息絶える。
 青年は百合亞を庭に埋め、その上に無花果の木を植えた。
 数年の後、青年自身も胸を病み、死の床で友人に一個の無花果の実を振舞う。
 「君も僕の恋人の肉を食べては見ないか……」

 大正15年にして「ユリア」というネーミングもすごいが、清廉さと凄惨さの入り混じった独特の作風がご理解頂けただろうか。
 筋を全部明かすのはあまりよいことではないが、謎解きものではないし、他の傑作短編もまだまだあるので、そのガイドということで今回は諒とせられたい。
 タイトルから「サガワくん」や「レクター博士」みたいな猟奇的人肉くらいの話かと思った人もいるかもしれないが、そう思わせておいてさらりと流すオチが秀逸なのである。
 水谷準はあの「金田一耕助シリーズ」の横溝正史の畏友としても知られる。私の手元には、横溝正史の『真珠郎』の復刻版があるのだが、これが題字・谷崎潤一郎、序文・江戸川乱歩、口絵・松野一夫という大変なもので、その装丁を担当しているのが水谷準なのである。
 表紙を「紫」の絹地で覆い、「横溝の作品はいつまで経っても完成されない。紫という色は悟り切れない人間臭い色である」と、賞揚する。でもその「人間臭さ」はそのまま水谷自身のことでもあった。水谷は「紫の弁」をこう結ぶ。
 「横溝よ、この次には、俺が浮浪人生活をするようになったら、精魂を打ち込んだ装丁をしてやるよ。長生きをしようぜ」
 横溝正史は1981年に79歳で死んだ。水谷準は丁度20年、友よりも余計に長生きしたことになる。享年97歳。

 唐沢さんは「今まで存命であったことに仰天」と書かれていたが、横溝正史が死んだ時に、「最後の探偵作家死す」の活字が新聞に踊り、「まだ水谷準と西田政治と渡辺啓助がいるぞ」と憤慨した記憶がある。
 西田政治は1984年に91歳で死んだ。
 渡辺啓助は現在101歳、新作こそないものの、作品集が未だに再刊され続けている。

 新珠三千代が夏目漱石の『こころ』(1955年・市川崑監督版)のヒロインだった、と知ったら、テレビの『細うで繁盛記』しか知らない若い人(若くもないか)はビックリするだろうか。

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03月22日(木)
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