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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■多分、猫たちにもある愛/『CYBORGじいちゃんG』2巻(小畑健)ほか
 朝方、『仮面ライダーアギト』を録画するので一旦起きるが、夕べの半徹夜が聞いていてすぐにダウンする。
 結局起きたのは昼過ぎ。昨日の日記の続きなど書いているうちにそろそろ練習に行かねばならない時間になる。
 練習場に顔を出すと、来ているのは鈴邑夫妻(+ふなちゃん)と桜雅嬢だけ。
 鴉丸嬢は突然職場で盗難事件があったとかで、緊急会議が開かれ来られなくなったそうである。「会議」って、内部犯だと断定しているな。どこの職場も殺伐としてるなあ。
 よしひと嬢は体調崩してダウンとか。せっかくホワイトデーのお返しも用意していたのに残念なことである。練習の帰りに『ワンピース』の映画を見に行く予定もこれでポシャリである。次の練習、2週間後だけど、まだ上映してるかなあ。
 他のメンツはどうして来られないのか、聞くの忘れた。……なんか男に関しては冷淡だな、私。でも男に親密なのよりは自然であろう。
 「やあ、次の企画、決まった?」
 「うん、一応、二本立て」
 「二本立て?!」
 「よしひと姐様のと私の」
 私のは「芝居より映画向きじゃないのか」と言う意見が出てボツを食らったそうな。ボツ自体には別に何も文句はないのだが、「映画的」という批評には首を捻ってしまう。
 前回の芝居の反省で、「もっと明るいものを」「地に足がついたものを」「愛と感動路線で」なんてことを言ってたから、そういうのをみんな書いてきたのかと思ったら、よしひとさんのも女房のもシノプシスを読む限り、どちらも暗い不条理劇。
 「え〜? ほのぼのしてるじゃん」
 ……どこがだ。
 まだ設定段階で、企画進行中なので、シノプシスの詳細は明かせないが、あれを明るいというなら、『人情紙風船』も『ひかりごけ』も希望に満ちた明るい映画だ。常識的な感覚がズレてるとしか言いようがない。
 もちろんこれは悪口ではない。実際、よしひとさんのも女房のも、まだ設定しか分らないが、それだけでも充分面白いのである。しかしその面白さは、決して「老若男女、大人から子供まで誰もが楽しめる」ディズニー印のようなモラリスティックなものではない。毒を毒として楽しめる人たちのためのものである。
 基本的に、ウチの劇団に「地に足がついてるやつ」なんてのはいないのだ。もっとはっきり言っちゃえば、インモラルで、反体制的で、わがままで、他人の不幸を横目で見て笑うような非常識なやつらばかりである。
 だから「もっと現実的にしよう」なんて自分たちの質に合わない発言などはせず、非現実的でへんてこで、他人からは一人よがりに見られようとも、自分たちにしか出来ないこと、自分たちが好きなことをしていけばいいのである。
 ああ、でもあの清楚で優しげなよしひとさんが、まさかあんなモノを書かれるとはなあ。知ってたけど(^^)。

 ということで、ちょっと恒例になりつつあるが、ボツ脚本シノプシスの供養。
 「なんだ、こんなんならボツでも仕方ないじゃん」とご笑納下さい。


『多分、猫たちにもある愛。』(仮題) 


 登場人物

  女(元女優)
  男(詐欺師)

  桂 葉子(メイド)
       
  遠藤 晋(映画監督)
  モトムラ(友梨香の召使)

  館野友梨香(正興の娘)
  館野正興(映画俳優・女の夫)



 男が語り始める。
 「……今からみんなに話すことは、ぼくの『犯罪』の顛末だ。犯人がどうしてここにこうしているかって? それはね……」

 ある邸宅で女主人がビデオを見ている。街中の猫を撮ったとおぼしき映像。ただ坦々とたくさんの猫の映像が次々と映しだされる。
 猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫。
 女は喪服である。
 そこへメイドの葉子がやってくるが、どこか悲しげな表情。
 「正興さんの遺品、何かほしいものある?」
 女が優しく葉子に語りかける。
 「あの……奥様、私、やっぱりここにいちゃダメなんですか」
 屋敷の主人が死に、莫大な財産が女のもとに転がり込んだ。女はもともと映画俳優だった主人の愛人だったが、つい先日籍を入れたばかりだったのだ。

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03月11日(日)
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