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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ゆっくり休もう/舞台『人間風車』ほか
朝から喉が痛い。
声がマトモに出ないし、部屋の中が乾燥していて咳が止まらなくなりそうなので、風呂に入り、女房のイソジンを借りて何度もうがいする。
昔から風邪を引いたら風呂に入るなとよく言われていたものだったが、湯冷めさえしなければ、血行がよくなってかえって体によいそうだ。昔からの生活の知恵なんてのも意外とあてにならないもんだよなあ。
ふと、排水溝を流れていく赤茶けた液体を見ていて気がつく。今まで、この溝のところに赤くこびりついていた垢の正体は流れきれなかったイソジンだったか! 私はあまりこの手のうがい薬を使ったことがないので何のヨゴレか分らなかったのだ。してみると女房のやつ、口を漱いだ後、お湯できちんと流しておかなかったな。汚ねえやつめ。
その女房はよくここまで眠れるなあ、というほどに寝ている。結婚して足かけ十年、いくら言ったところでもうこの性格は変わりようがないので、起こしはしない。起こしたところでどうせ悪態ついてこっちの世話しようとしないのは目に見えている。具合が悪い時に無理矢理体力使って、癇癪を起こして、ますます疲れるのはご免被りたい。
ああ、奥さんがもう一人欲しいなあ(いや、浮気がしたいという意味でなく)。
てなわけで、熱っぽい体を布団に横たえて、一日過ごす。ゆっくり休んでなきゃいかんと言うことは分っていながら、ついビデオなんかを見たりする。私は既に本中毒、映画中毒なので仕方がないのだ(冗談ではなく、二日も本を読まないでいると禁断症状が出る。眩暈がして指先が痺れてくるのだ)。
昨日届いたばかりのビデオ『人間風車』、舞台を見に行ったときはオペラグラスを忘れて行ったので、私の拙い視力では表情はほとんど分らなかったし、二役、三役をどのようにこなしていたかもサッパリだった。役者さん、みんないい表情しとるわ。
売れない童話作家、生瀬勝久、いつもはふざけたギャグみたいな童話しか作らない彼が、斉藤由貴と恋に落ちたことから、一世一代の感動的な童話を書き上げる。しかし、その童話が賞の選考に残った頃から、逆に彼の運命を翻弄し始めて……。「運命の歯車が狂い始める」というのは演劇のパターンであると同時に人生の醍醐味でもある。何だか最近の自分自身の事情とも重ね合わせて、身につまされながら再見。
阿部サダヲの知恵遅れの演技、やっぱりいいなあ。女性ファンが圧倒的についたというのもよく分る。
ナマの迫力はないものの、ビデオは細部を見直すことができるので、聞き損ねていたギャグも確認できてよい。特に劇中劇の童話のタイトルが全て確認できたのは収穫であった。『鉄の爪兄弟』『狼酋長』『人間発電所』……タイガーマスク世代には感涙ものであるが、やっぱり童話のタイトルじゃないよな、これ(^_^;)。
ビデオで見返しても楽しめるようなら、その舞台は充分成功作である。女房の反応が今イチだったので、ビデオで見たらつまらんかなとも思っていたのだが、そんなことはなかったのでひと安心である。女房が乗れなかったのは、劇中劇を多用した二重構造の仕掛けが見えすぎたせいだろう。特に童話であるはずの劇中劇が「ギャグでつないで最後に泣かせて」といった、80年代小劇場演劇っぽいのには違和感を感じてしまったのではないか。
舞台で、俳優がセリフ自体は相手の俳優に向かって語られているはずなのに、カラダはしっかり観客の方を向いていることが多々ある。これを芝居における約束事と受け取れるか、不自然と受け取ってしまうかで、演劇に対する興味を喚起されるかそうでないか分れてしまうことがある。もちろん、観客へのアピールという点から、大抵の演出家は不自然さはさておいて大抵前を向かせたがる。
昨日の『菜の花の沖』なんか、カムチャッカのロシア人たちと、高田屋嘉兵衛が船に乗って別れるシーンなのに、両方が同じ船の甲板にいて、嘉兵衛だけが後ろに下がり、同じ観客の方を向いて手を振っている、という不自然極まりない演出をしていた。でも客にケツ見せるより、不自然でもそっちの方が正解だったりするのだ。
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02月02日(金)
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