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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ 20世紀の終わりの夜に……/『算盤が恋を語る話』(江戸川乱歩)ほか
やあ、君は今、いつ、どうやってこの文章を読んでいるのかな。
宿題かい?
20世紀の終わりに、この国の人々がどんな生活をしていたか、それを調べているうちに、このメモリーに辿りついた、そういうことかな?
うん、ここは日本の中の、更に九州という小さな島の北の端、福岡の、ある小さな劇団のホームページだ。
「演劇」って、君の時代でもちゃんとあるんだろうか。多分、あると信じてる。いつの時代だって、どこの国だって、人は自分の言葉を、自分の心を誰かに伝えたい。それだけは多分変わらない真実。
でも、僕らは本当に心を伝え合うことができたのだろうか。
2000年という区切り。これはある神の定めに従った区切りだという。でも神の教えから2000年の時が過ぎても、僕らは何一つ理解しあえていない。
戦争や、貧困や、差別や、迫害や、そんなものを何一つ無くせていない。
すぐそばにいる恋人の手を取ることすらも、できないでいる。
ほんの些細なことで、僕らは二千年も憎しみ合ってきた。
ほんのつまらないことで誰かをねたみ、恨んできた。
僕もそうだ。
子供の頃、事故にあって以来、長くは生きられないかもと言われた。
健康に生きている人を見ると羨ましかった。いつだってみんなは僕を蔑み、馬鹿にしていた。だから僕も憎んでいた。人間を、世の中を、この宇宙を。
そんな僕が21世紀まで生きられるはずがないとも信じていた。
怪我が再発するか、誰かに憎まれて殺されるか、自殺するか、そうなると信じていた。
でも、今、僕は生きている。21世紀のカウントダウンが始まっている。
そして僕のそばには妻がいる。
芝居を通じて知り合った妻が。
未来が変わり映えのしない未来であるはずがない。ようやく僕はそれが信じられるような気がしている。君が西暦3000年の子か、4000年の子か、それは分らない。世の中には相変わらず戦争や、飢餓や、政治の腐敗で人々は苦しんでいるかもしれない。
けれど、何かが変わっているはずだ。
伝わらない言葉を、伝わらない思いを、それでも伝えようとする限り、何かが変わっていくはずだ。
僕は、2001年を迎えて、妻とともにそれを思う。
ありがとう。ここまで生きたよ。
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夜更かしして本ばかり読んでいたので、起きた時には昼の1時。
本読みながら風呂に入り、周囲を軽く掃除、洗濯。
江戸川乱歩『算盤が恋を語る話』、創元推理文庫版で再読。全集2種類も持ってるのに買っちゃうのは、雑誌掲載時のイラストが収録されているから。明智小五郎が和服に丸刈り頭に丸眼鏡で描かれているのは奇妙。初期作品じゃ、まだ明智のイメージが固まっていなかったんだなあ。
なんと本文庫で、初出以来77年ぶりに、初めて『恐ろしき錯誤』中に引用されていた英文の出典が解明された。エドガー・アラン・ポー作の『黄金虫』……って、そんなん、私ゃ読んだ当時から知ってたぞ。あまりにも明白過ぎる事実だと、却って「もう誰かが指摘してるんじゃないか」と研究発表がなされないことがあるのだ。
20世紀の小説の読み収めは一番好きな作家にした。乱歩バンザイ。
絵本、中川いさみ『ぼくはぐっすり眠りたい。』、専業の絵本作家でない、マンガ家が絵本を書いたりすると、たまに傑作が生まれることがある。歪んだ童心主義に捕われていないためだろう。本作も実にナンセンスな傑作。眠る場所を探して子供が海や空を旅をして行く展開は想像の範囲内だが、オチが秀逸。「円環無限に果てなき、一つの永久運動装置、あーあー空洞なりー」(c.J.A.シーザー)。
ビートたけし編集長『コマネチ!2』、読む。読みどころが多くて、とても紹介しきれない。小ネタを一つ二つ。
たけしと石原慎太郎との対談にあった話で、今や既に「ペンキ屋」「八百屋」「魚屋」、全て禁止用語だそうだ。さて、これでも差別反対を唱える人たちは「言葉狩りはしていない」と言い張るつもりか。
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12月31日(日)
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