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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■小倉ワークショップ余燼/第1回演劇研究会『笑の大学』
悪口を言い合う二人を姉妹とする落ちは説明的で、それを付ける必要はなかったのではないかと思う。ただ、それを付けざるをえなかったのは、月子さん、ポアレさんの二人が、あともうちょっとのところでヤクザの女房に見えなかったせいだろう。
練習の時には初めての組み合わせで緊張感が漂っていたのだが、それが本番では薄れた印象だった。
「悪かったのはだれ?」
> ここでは、対立している学校の職員の間にとんちんかんなだめ先生が入ってきます。少しも仲裁しようなんて色は見せずに、♪仕事おさめだ正月ちかい、みんなで仲良くてんぷらそばたべよ♪と第九の節で歌います。家庭の愚痴は楽しげです。足がくさいといわれても、カレーが1週間続いても、校長にだめだしされても、先生は楽しそうです。真剣に対立していた二人はだんだんばかげた気分になってきて・・・。ここでも仲直りは第3者の悪口を交換することです。
自分が出ているとやはり客観的には判断しづらい。
吉村先生に「だめ先生」と見てもらったのはありがたいが、裏設定としては、他地方から転勤していて小倉に馴染めず、ふてくされているというつもりだったのである。だから小倉弁を喋れない。ワークショップではなぜかセンセイ役ばかりを振られているが、知り合いの教師をモデルにしてある。
森田先生からは「あと一日あればね」とダメ出しを頂いたが、実際、やったあとで、最初の二人のやりとりはもうちょっと長めにやってもよかったよな、とか、最後は三人の大合唱でもよかったよな、とか思う。
爪楊枝をくわえるのも思いついたが、それはやりすぎだったろう。
「舞踊教室」
> ダンス教室です。半パンの男性をはさんで、中年の女性二人が先生の悪口を言っています。とりを飾るにふさわしく、ダンスの先生は本当にアクの強い人物のようです。それにしても、ここでの見せ場はダンス生徒の女性が、超高速で悪口やら追従やら繰り出す様子です。先生が登場して、うっとりナルシスチックなせりふを口にするのに、がんがん合いの手入れていきます。うっとりするような掛け合いに、日本の悪口は文化だったんだってわかります。
先生役の方は本当にダンスをされているので、練習時に披露したダンスは素晴らしいものだった。
生徒役の人たちがそれを真似できたらよかったのだが、さすがに数日の練習ではそれは不可能で、本番ではかなり簡略化されてしまったのが惜しい。
悪口を言われるキャラクターはやはりより個性的でなければならないから、ダンスも本格的であったほうがいい。
先生に一番可愛がられている生徒が一番トッポイ感じの男性で、ダンスもへたくそ、というのが笑える。そういった演劇的なし掛けがかなりあるスケッチだったので、シロウトには難しい芝居なのだが、かと言ってこれをプロでやったら面白くなるかと言うとそれも違うだろう、ということが感じられるのである。
特に男性役の朝日新聞さん、これはシロウト以外の誰にもできないキャラクターだったろう。
> 共通に悪口言い合える対象のいる職場は平和です。そして、芝居っていうのは、どんなに秘密でも悪口でもいじわるでも、観客に見せるってことが、結局陰湿なものを公明正大なものへと転化してしまう力を持っています。WSで、普段やらないことを大声でやってみて、参加者がはればれするのも、芝居の力が大きいでしょう。
悪口が決して陰湿なものではない、いや、陰湿な悪口であっても、「聞こえよがし」な悪口は、相手が「強者」であれば、決して「いじめ」には繋がらない。
悪口を単純な正義感で否定し封印するのは、逆に陰湿な感情を発散させないままに人間関係を継続させることになる。それは果たして健全なことだろうか?
悪口ですぐに「傷ついた」とのたまう御仁が世の中にはたんといらっしゃる。被害者意識が強くなりすぎるあまり、「あいつは私を傷つけた」とヒステリックに吹聴する。「何もそこまで言わなくてもよかろう」と周りが思っても、自意識過剰に陥っているので聞く耳を持たない。意識的にか無意識的にか、騒ぎ立てることで、自分を逆に社会的強者の立場に転換しようとしている。
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12月06日(水)
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