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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」九日目/発表会本番!
ここは、三池炭鉱・華やかなりしころの長屋式の社宅で(イメージが湧かない人は映画『フラガール』を思い浮かべてください)、今は高度経済成長真っ只中、「わが野間産業も社名がなんたらコーポレーションと変わりまして、これからはチャックのこともファスナーと言わねばなりません」と調子よく時代背景を説明する。

 イッセーさんが退場し、舞台は暗転。
 最初の「家族」が、「縁側」から「家の中」に上がって行く。
 この時必ず、客席側、遠くを見るようにと指示を出していた。社宅の向こうではバーベキューパーティーを開いていて、その家を社宅のみんなは羨ましがっているという設定である。


 プログラムをざっと紹介しよう。
 今回の発表会は、以下の「家族九景」から成り立っている(●はイッセーさん出演。解説はみな森田さん執筆)。

 1、インテリ母さん●
    年寄りのわがままに付き合う子供達

 2、馬耳東風●
    ほろ酔い加減のお父さんは奥さんの暴言もBGM
 
 3、怒るが勝ち●
    お祭りだけが楽しみなお父さん
    博多に買い物に出るのが楽しみな子供達

 4、買うて買うて!●
    子供のわがまま声だけが響いて山河あり

 5、不登校兼暴力息子
    わがままを通り越した仲の良さ

 6、隣の奥さん
    ばあちゃんの泣き笑いが一家の平和

 7、お祭り好きなお父さん●
    女達の金遣いの荒さにお父さんは否応なく小市民となる

 8、都会から来た嫁●
    夫婦喧嘩に口出ししない年寄りの知恵

 9、貧乏神●
    バラバラ万歳!

 ワークショップ当初、「発表会まで出られる参加者は20人くらい」と言われていたのだが、テレビでの効果もあったのだろう。
 最終的に舞台に立ったのは38人に上った。
 練習に参加しただけの人も含めれば、50人は優に越えていたと思う。

 私の出番は4番、しげ。は7番だ。
 イッセーさんがこれだけたくさん芝居に絡んでくるのも珍しい。北九州では前説以外には一切絡まなかった。
 そこにどういう違いがあるのかは私にはよく分からない。案外理由は「適当」だったりするのかもしれない。
 けれども、北九州の時とはっきりした違いは、お客さんの反応の方にあった。
 一つ一つのシーンが終わるたびに、かなり大きな拍手が起きるのだ。

 それがシーンとシーンとの間がはっきり分かれているためであることは分かる。 北九州のときはそれが曖昧な部分が多く、暗転そのものが少なかったので、「拍手のしどころ」がなかった。
 しかし、博多での拍手は、暗転による機会的な拍手だけではないように私には感じられた。暗転してもつまらなければ拍手する必要もないはずだからである。

 即興芝居を行うに当たって、「『とっさ力』を発揮してよ、相撲を取ってよ」と森田さんは仰った。
 しかし、本番の舞台になっても、それがうまく発揮できているとは言いがたい局面が多々現れる。

 イッセーさんが乱入した途端に、「沈黙」が舞台に流れてしまう。舞台上のシロウト集団は、何の準備もしていないのだ。
 それが「緊急事態」であることは、お客さんにも伝わったことだろう。
 演劇を「完成度」で見るならば、これは既に演劇ではない。けれども、お客さんは確実に舞台の上で何が起きるのかと引き込まれている。上手いか下手かを越えた緊張感が漂う。
 こんな緊張感は、どんなに名演技を披露しようとも、劇団四季には絶対に出せないものだ。自画自賛ではなく、客観的に他の仲間たちの舞台を見てそう思う。

 そこにあるのは、仮構された芝居ではなく、本当に見知らぬ人間がいきなり闖入してきた時に我々が感じる「現実」なのだ。

 「ここから先が大事なんだよ、困ったあと、沈黙するか、前に出るか、ただ引くか、いったん引いてもう一度、同じことを繰り返すか」
 森田さんの声が脳裏を去来した。

 1番の家族は沈黙した。
 2番の家族は巻き返そうとしていじられた。
 3番の家族は果敢に前に出た。

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11月17日(金)
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