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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■次回公演、始動・・・かな?/DVD『トニー滝谷』
 タイトルの『おじさん入門』というのは、そんな出来事も含めて、「人生を知ろうよ」ってことなんだと思う。そのためには自分がどれだけものを知らなかったのかを知ろうとしなきゃならない。つか、自分に「分かってること」なんて殆どないってことに気が付かなきゃならないのだ。
 夏目さんは、長年、奥さんが「料理が好き」なんだと思い込んでいた。それが、別れる少し前に、奥さんから「義務感だけで作っていた」と告白されることになる。けれど、奥さんはそのことに気付いても、ずっと料理を作り続けたのである。それがなぜかは奥さんにも夏目さんにも言葉では説明できない。それが「人生の機微」というやつだと夏目さんは言う。
 人は確かに、人生(自分のも他人のも)に対して釈然としないものを感じることは多いし、納得できる理由を求めようとはする。けれど答えなんて得られるわけではないのだ。得られたと思えたとしても、客観的にはただの錯覚であることも多い。人と人とが、親子が、恋人同士が、友達同士が、仲間が、なぜお互いに付きあっていられるかは、常に「理屈を越えたところ」にその理由があるのである。逆にそこに理由を求めようとすれば、かえって間柄が崩壊してしまうこともある。「こいつのことなら俺が一番よく分かっている」、そんな風に「理解」してしまった時から、崩壊は始まると言っていいだろう。


 本の感想からちょっと離れて。
 私としげはよく離婚話をする。離婚を言い出すのはいつもしげだ。
 「離婚しようか」
 「いいよ、離婚届持っておいで」
 「で、次の日結婚しよう」
 「だったら書類のムダじゃんか」
 多分、私もしげも、この時「離婚しよう」と言いあっている時は本気でそう思って口にしているのだ。別れたあと、二人がどんな気持ちになるか、それもリアルに想像して、それでも「別れた方がいいかもしれない」と考えてそう言う。
 一緒にいても辛いばかりで、けれども別れたらどんなに寂しいか分からない。理屈の天秤でどちらがいいのか測れることではない。だからとりあえず私としげは一緒にいるのだろう。
 先は見えないけれど、お楽しみである。
 QUE SERA SERA。


 マンガ、森永あい『僕と彼女の×××(ペケ3つ)』3巻(MagGARDEN)。
 連続ムービードラマが10月から劇場公開だそうな。
 『転校生(オレがあいつであいつがオレで)』ほか、数多く作られてきた、「男女入れ替わりもの」の中ではこのマンガが一番カゲキなギャグを展開してるんじゃないかと思うが(いや、直接的にやらしー描写はないけどね、なんか登場人物たちの心の揺れ具合が何ともね)、実写化しちゃうとギャグがギャグとして機能するかどうか、ちょっと心配。桃井さんの役は『妖怪大戦争』の川姫の高橋真唯。女っぽい男と男っぽい女の入れ替わり劇だから、大半は「女らしく」演じてりゃいいんだけど、キモは本当は乱暴者な地の性格を演じきれるかどうかにかかってるんで、果たしてフトモモ見せる程度の演技力で演じきれるものかどうか。
 っつっても、福岡まで映画が来てくれないことには、見ることだってできないんだけれどもね。
 マンガの方は今巻でついに入れ替わりの事実が千本木にバレて、菜々子(中身はあきら)の貞操が危機に合うというヤバイ展開。まあ、身体がオンナなら、心はオトコでも平気なのかという、なかなか難しい問題がここには提示されているわけであるが、心が女でも身体はオトコなやつを相手にしたくはないのがノーマルなオトコだとするなら、これはまあギリギリセーフなのかとも思えるのである。でも、仮に私の女房の身体の中に親友の男の心が入ったら、やっぱりナニはできないがなあ。どうしたってナカミがよがる様子を想像しちゃうし。
 この手の入れ替わりモノは最後には元に戻るのがセオリーなんだけれども、このマンガばかりはそうならないような雰囲気もあるので、ハラハラして目が離せない。原作が完結しなけりゃ、映画の方だって元には戻らない理屈なんで、さあ果たしてどんなラストを迎えるのか、興味津々である。


 二ノ宮知子『のだめカンターピレ』13巻(講談社)。

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09月23日(金)
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