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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■切れる信者/『コメットさん』第一話「星から来たお手伝い」
ほかにもいろいろ雑談をしたのだが、「最近、よく、人から『オタク』だって言われるんですよ。けいしーさん見てるととても自分がオタクだなんて思えないのに」と言うので、「別にオレも自分がオタクだなんて思ったことはないよ」と答えたら、「けいしーさんはオタクですよ! 絶対!」と、目の前にいたら力瘤作ってたんじゃないかってくらいの勢いで力説されてしまう。「オタクって言えるほど濃くないよ、オレは」と言って笑ったが、これ、謙遜じゃなくて実感なんだけどね。ただ、人が私のことをどう呼ぶかは気にしないんで、あえて「オタクじゃない」と力説するつもりはないんである。
下村嬢、前々回の『響鬼』29話(ヒビキと明日夢君キャンプ編ね)を見たそうで、「あれってヤオイでしょ! どういう視聴者を狙ってるんですか!」と興奮している(笑)。「いや、だからそういう視聴者層でしょう」。ずっと『響鬼』を見続けてるとあれを「感動もの」と思っちゃうけど、ドラマの枠組み自体がそもそもヘンなんだから、やっぱり初めて見る人にはアレはアレだとしか捉えられないわな。アレ好きなお客さんは、劇場版でタンデムしてヒビキにしっかり抱き付いてる明日夢君とか見たらもう萌え萌えーになっちゃうであろう。
だから「ヤオイ編」までやっちゃった番組が、その先どう転ぼうと「想定の範囲内」なんだよね(笑)。
CSチャンネルNECOで『コメットさん』第一話「星から来たお手伝い」。
大場久美子のでも前田亜季のでもない、九重祐三子の『コメットさん』である。いやー、懐かしい! 1967年製作だよ。オレ、これの本放送、幼稚園時代に見てたんだな。
白黒作品だから再放送だって殆どなかったし、マトモに見たのって何年ぶりだろう。1970年、大阪万博に行ったとき、泊まったホテルで、朝、テレビで再放送してたのを見たのが最後だから、35年ぶりだ。テレビ放送はカラーが当たり前の時代になると、白黒作品はほぼ「封印」されることになる。1970年がいろんな意味で時代の「節目」だというのは、こんなところにも現れている。
で、久方ぶりの再会なのだが、これがまた、とんでもないドラマ展開であった。オープニングアニメだけはしょっちゅう「なつかし番組特集」なんかで放映されていたから、「コメットさんがイタズラ好きで地球に『追放』されていた」ということは覚えていた(このへん、モデルは『竹取物語』の「かぐや姫」ね)。
だから当然、コメットさんは魔法を使うことを先生から禁じられているのだが、地球に着いてからもコメットさん、全く反省せずに魔法を使いまくりなのである。行き場がなくて学校に不法侵入したまではまあ事情を知らないから仕方がないとしても、食ってかかってきた先生を魔法でプールに叩きこむとは、イマドキならばともかく、シトヤカな女性の方がまだまだ「女らしい」と思われていた時代背景を考えると、かなり乱暴である。うわあ、こんなに傍若無人なキャラだったかなあと、何分、記憶ははるか彼方のことなので、首を傾げるしかない。
考えてみれば、日本の魔法使いものに多大な影響を与えた『奥さまは魔女』のサマンサは、セクシーな美女でしかも基本的にはダーリンを立てる「妻の鑑」的なキャラである。それとの差異を計ろうと思えば、コメットさんがボーイッシュでトラブルメーカーに設定されたのも当然のことだったのだろう。おかげで、もう始めて見るような新鮮さで、目が画面に釘付けにされてしまった。
圧巻だったのは、コメットさんが既知外と間違われて、警察の折の中に叩きこまれたり精神病院の檻の中に閉じ込められてしまうシークエンス。檻の囚人たちの前で主題歌に合わせて踊ったりもするぞ、おお、ジェイルハウスロック!(ロックじゃないけど) 一部屋に何人もの患者が押し込められている状況も今では考えられないが、コメットさんに向かって患者の一人が声を描けるシーンがものすごい。「あなた星から来たんでしょ?」「ええ、分かるんですか?」「私も冥王星から来たのよ」
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09月05日(月)
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