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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■腐女子さんは今日の内容読んだら気を悪くするよ/映画『失われた龍の系譜 トレース・オブ・ア・ドラゴン』
 今回の藤津亮太、斎藤良一、小黒祐一郎三氏による座談会は例年以上に辛辣な批判が飛び出しており、かつてこれほど読者を罵倒した記事があっただろうかと思えるほどだ。ちょっと抜粋すればこんなとこだ。
 「得票を募集したときの人気作品に票が集まる(半年や一年前の作品だと忘れられている、という意味)」
 「『アニメージュ』にたくさん記事が載ってる作品が、順当に上位に来ているということでしょ。それが良いことか、悪いことなのかはわからないけど」
 「そういう意味では、グランプリ結果を見て『アニメージュ』も、もっといろいろな作品を取り上げてよ、とは思いました」
 「最近は『萌え』か『BL』ばかりになっちゃって、中・高校生の男の子が本気で見られるアニメがなくなってる」
 「基本的にアニメ雑誌の読者は、キャラ中心に見てるから。(『イノセンス』について)主人公がバトーとトグサのおっさん二人で、あとは犬と人形じゃあ、『アニメージュ』読者は投票しようがない(笑)」
 要するに、アニメファンを称する連中が、幼稚で視野の狭いバカガキの娘っ子ばかりになっちゃった、ということである。かつての「コミケからヤオイを駆逐するぞ!」の吾妻ひでおの檄も、今はむなしい。
 こういうことを書くと、またメールやら掲示板で「今のアニメファンの土台を作ったのは、あんたたち昔のオタクでしょうが。責任逃れするな!」と腐女子のミカタの方が現れたりするので、素直に反省しましょう。ハイ、確かにその通りです。昔も今の腐女子と同じく、キャラと声優にしか興味のない腐れオタク女子はいましたが、そいつらを我々は「まあ、人の趣味はいろいろだし」と戦後民主主義的に暖かく見守っておりました。それがよくなかったのですね。我々は彼女たちにこう言ってやるべきだったのです。「キモいからやめれ」。
 アニメーションにはさまざまな可能性がある。ところが腐女子はその可能性に目を向けない。見えないと言った方が正しいかもしれない。“そういう人間しかアニメを見ない”ような事態になれば、アニメーションという表現芸術自体が崩壊してしまうだろうことは火を見るよりも明らかだろう。
 雑誌は売れなきゃしょうがない。だから今が旬のキャラをフィーチャーした特集を組まざるを得ないのは商売としてはわかる。しかし、今、アニメ雑誌が相手しているのは、一人のキャラへの興味が尽きたらほかのキャラに乗り換えるような、ジゴロか風俗通いの変態レベルのメンタリティしか持ってないキモオタ女どもである。こんな連中を視野に入れた雑誌作りが、果たして長続きするものかどうか。長い目で見るならば、もっとファンを「育てる」誌面作りをすべきではないか。そのためには、今までのように単に「ほかにもいろんなアニメがありますよ」程度の紹介だけでは生ぬるかろう。ここは徹底的に「下らんアニメの吊るし上げ」特集を毎号組んでいくしかないのではないか。
 『SEED DESTINY』にしろ『鋼錬』にしろ、ネット上ではケチョンケチョンに貶している意見もまま見受けられる。それらは単純な感情の垂れ流しに過ぎないものも多いから、ここは雑誌媒体としての威厳を持って、もっと多角的かつ建設的な分析を試みた批評を多数載せるのである。なんならテーマを決めて読者に論争をしかけたっていい。ネットみたいに誰でもが書きこめて収拾がつかなくなることはないのだから、「私の○○を貶さないで!」みたいなヒステリー投稿は無視して、きちんと根拠を示して反論してくる意見だけを取り上げればよい。読者が活性化しないと、雑誌は存続できないのだ。
 ……でも、ホントにそんな特集やったら、批判されたアニメのプロダクションは怒って番宣資料くれなくなるかもしれないよなあ。アニメ業界って、アニメファン以上に性格歪んでそうな人間も多いらしいから(と、誰のことかは言わないでぼかしておこう)。

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05月15日(日)
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