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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■トリビアン・トレビアン!/『濃爆おたく大統領』1巻(徳光康之)/『壁際の名言』(唐沢俊一)
試しに「おかま」とか「犯罪者」「泥棒」「性倒錯者」「○チ○○」などを入れて使ってみたらよろしい。仮に自分の何かについてコンプレックスがあったとして、それが一気に雲散霧消することは請合いですよ。「昔はボクもただのフツーのキ○○○でしたけどね。今や正真正銘の立派な○○○イになれました」。……やっぱり引かれちゃうか。ま、こういうのは本人だけ気分がよけりゃいのである。
私はこのセリフにも更に元ネタがあると昔から思っているのだが、それはドストエフスキーの『罪と罰』中で、マルメラードフが語る「貧乏は罪悪ではない。しかし一文無しの貧乏は罪悪だ」というものである。要するに、たとえ一円でも十円でもポケットにあれば、それはその人が人間として生きてきた証しなのである。堂々と威張って構わないのだ。
考えて御覧なさい、あの文無しなのが当り前のグルーチョが、一文でもおカネを持っているということがどれだけ素敵なことであるか。こんなセリフを功なり名を遂げたお偉いさんが口にしたところで、一般的にはただのイヤミとしか受け取られず、「でも銀行にはザクザクおカネがあるんでしょ」と冷ややかな目で見られかねない。世の中には、貧乏人、卑怯者、うそつき、変態、詐欺師、ペテン師、極悪人でないと説得力を持たないセリフというものも存在しているのである。
我々の大半は凡人である。というより、今までの人生を完璧に美しく過ごしてきたなんて人間はそうそういないだろう。大小の差はあるにしても、誰もがスネにキズを持って生きている、それが世間というものである。
俗人たる我々にとって、お偉いさん方の名言は、「はいはい、お説ごもっともで」と頷くしかない。それに比べて、凡人以下の人々の言葉は、我々にどれほど深く優しく響いてくることか。これまでの名言集に登場して来た偉人たちは雲の上人であったが、ここにいる人たちはまさしく我々の同朋なのである。
収得した方法がきれいか汚いかに関わりなく、グルーチョのポケットの中の一文は、百億の財産にも増して光り輝いているに違いない。
私の財布の中にも、たまに30円とか3円しか入ってないことがあるが、不思議なもので、給料日直後で五百万円ほど(嘘)入ってるときよりも随分清々しい気がするものである(少しは貯金しろよ)。
本書のコンセプトは基本的に大好きなのだが、やや文章が雑なのと、ケアレスミスや誤植が多いのがちょっと気になるところだ。「徳川夢声」がやたら「徳川“無”声」と誤植されてるのは困りものだし、あまりきちんと調べてないなあ、と思われる記述も多い。
「カマトト」という言葉について、「カマボコって、オトトかしら?」とPCL(のちの東宝)のある女優が語ったのが語源、とあるが、これは俗説である。『日本国語大辞典』(小学館)には、既に江戸時代末期に、この言葉があることが次のように示されている。
「近世末に上方の遊里で用い始めた語。※人情穴探意の裡外(1864頃)三『年に似合ずかまととばかり云ふ妾さん』」
他にもツッコミどころがやたらあるんだけれど、字数がオーバーしちゃうんでやめとく。まあ、こういう細かいところは誰か親切な人が唐沢さんにご注進するでしょ(^o^)。
こういうヒネクレた名言、ということになると、アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』やバーナード・ショーあたりのセリフが真っ先に浮かぶのだが、そういった有名どころをあえて外して、唐沢さんが実際に見聞した知人や名もなき人々の迷言も収録しているところが本書の幅を広げている成因だと思う。
ただ、リリー・フランキーの『誰も知らない名言集』ほどのインパクトに欠けるのが残念だが。
ついでだから、私も二つ三つ、人生にすごく役だつ名言集を。
@ソクラテス「結婚しなさい。良い妻を得れば幸福になれるし、悪妻をめとれば哲学者になれるからね」。
結婚している男性で、この言葉に思わず「ウンウン」と頷く御仁は多かろう。と言うか、頷けぬ夫は、まだ結婚の実態を知らないのである。私の「結婚前からの」座右の銘の一つ。私がどれほどの覚悟をしてしげと結婚したかご理解いただけようか。
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07月16日(水)
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