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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■騙されるほうがねえ/『たったひとつの冴えたやりかた』(J・ティプトリー・Jr.)/『ENDZONE』2巻(えんどコイチ)ほか
 吾妻ひでおの『不条理日記』の中にこれをパロって「九百人のおばあさんに出合う」というのがあったが、パロディのワリには別になんという捻りもない。でも捻りがなくてストレートだからこれは笑えるのである。
 だって、もともと、この原典自体が風変わりでヘンテコで人を食ったSFなのだから、ヘタな捻りを加えるより、「九百人のおばあさん」と言ったほうがそのまま笑えるのである。
 一時期、SFファンの間で、何か面白いウワサ話やフォークロアを聞いて、それを伝えようとするのだが、うまく言えない。「おかしいなあ、この話、もっと面白かったはずなんだが」なんて言ってる奴に「そりゃ『馬の首』(小松左京)だろう」なんて言って突っ込んだものだったが、どちらかというと、これ、「『九百人のお祖母さん』かよ」と言った方がピッタリ来るのだ。『馬の首』は怪談だけれど、『九百人』は純然たる「悪趣味小説」だからねえ。何しろ読んでて「足元掬われる」感覚が大きくって、一度ハマっちゃうとこの味わいがたまらない。

 “誰も死なない星”プロアヴィタス(藤子・F・不二雄『モジャ公』のジュゲム星はこれがもとネタかな)。
 確かにここには墓はない。果たして本当に彼らは死なないのか? 調査員セランは、ふと、「誰も死なないのならば、彼らの祖先は、宇宙の原初から生きているのではないか?」ということに気づく。
 そして、彼は、プロアヴィタス人の祖先をたどり、「九百人のお祖母さん」にであうことになるのだった。

 え? 出会ってどうなったかって?
 いや、そんなこと可笑し過ぎて言えませんって(^o^)。


 シオドア・スタージョン『夢みる宝石』(ハヤカワ文庫・530円)。
 これ、うっかり二冊買っちゃって、1冊はC−1君にあげたんだけれど、感想聞き損なってたなあ。久しぶりに会ってみたいが、老けてるような気がするなあ。いろんな意味で(^o^)。

 養父に虐待され、家を飛び出した少年、ホーティ・ブルーイット。
 彼が逃げこんだカーニヴァル一座は、フリークス・ショー(かたわ者の見世物)を売り物にしていた。世間から迫害されている奇形児たちの中で、初めて安らぎを覚えるホーティ。しかし、ホーティの不思議な「能力」に気づいた一座の美しき小人・ジーナは、不安を覚え始める。
 その一座の団長「人食い」モネートルは、ホーティの「能力」を有する「宝石」の行方を何年も探し続けていたのだった……。

 トッド・ブラウニングの映画『フリークス(怪物団)』に着想を得たのか、物語の舞台がカーニヴァル団というのも驚き。何となく江戸川乱歩の『孤島の鬼』をも彷彿とさせるが、これはまあ、『フランケンシュタイン』や『モロー博士の島』からの平行進化だろうな。
 「作られしものの悲しみ」というのはもともとは宗教的なテーマなのだけれど、それをSFという形で定着させ、未来の人類の課題としたのは、チャペック、アシモフの功績ももちろん大なのだが、スタージョンの一連の作品も貢献してるのではないか。
 なんと言っても胸を打つのは、彼らの自らの犠牲を厭わぬ優しさに満ちた心である。
 ラスト近く、ホーティが「宝石」との交信を通じて感じた「存在」に対する問い掛け。その哲学的観想を「意味不明」と取るか、それとも、そこにあるものの「絶対的肯定」と取るか、あるいは……これらの解釈の違いによって、この物語の楽しみ方も様々に変わるだろう。


 マンガ、えんどコイチ『ENDZONE』2巻(集英社/ジャンプコミックス・410円)。
 「死」をモチーフにしたサプライズ・ストーリー、と来ればどうしてもえんどさんの前作(と言っても相当ムカシだが)『死神くん』を想起しちゃうんだけれど、殆どのエピソードをハッピーエンドにせざるをえなかった『死神くん』に比べれば、この『エンドゾーン』は随分自由になっている。まるでキレイゴトを描き続けた反動が一気に来たように、アンハッピーエンドの連続なのだ。

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03月04日(火)
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