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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オタクについて考える夜/『コラムは誘う ―エンタテインメント時評 1995〜98―』(小林信彦)
 だから改めて「身障者手続きを取ったら」と言われると、「何のために?」と自問自答してしまうのだ。
 はっきり言って、私は自分の眼が見えなくなるのも運命だと思っている。
 そりゃ、本が読めなくなったり映画が見られなくなるのは寂しいが、そんなことはどんな人間にだっていつかは起こることで、執着したって仕方がない。もちろん完全に眼が見えなくなれば歩くにしろ誰かに手を引いてもらわねばならなくなるし、身障者認定をしてもらわねばならなくなるとは思うが、それも自分から率先して申請、という気にはならないのである。
 うーん、どうしようかなあ、どうせもう1年以上眼科に行くのをサボってるので、そのうち行かにゃならんのだが、そのとき聞いてみるべえか。

 ふと眼鏡を取ると、武内さんが「眼鏡取ったほうがいい顔ですよ、奥さん、この素顔に惚れたんでしょう?」と突っ込む。
 途端にしげ、「いえ全然」と否定。……少しは迷えよ(-_-;)。

 帰宅して爆睡。
 と言いたいところだが、自分の咳で目覚めてしまうので充分睡眠が取れないのがイタイ。


 小林信彦『コラムは誘う ―エンタテインメント時評 1995〜98―』(新潮文庫・580円)。
 表題にある通り、95年から98年にかけてのエッセイ、ということになると、もう5年以上昔のことになる。
 そういう「古い」話題にもかかわらず、今でも小林さんのエッセイが「読める」のは、時評というものが正しくその時代の「空気」を浮かびあがらせているからにほかならない。
 オビにあることだが、「渥美清が逝った、やすしが逝った」。そればかりではない。フランキー堺も萬屋錦之介も三船敏郎も黒澤明もこの間に死んでいるのである。昭和の終わりが松下幸之助と美空ひばりと手塚治虫の死に象徴されるとすれば、20世紀の終わりを彼らの死に感じると言ったら大袈裟だろうか。
 もちろん、そう感じるためには渥美清以下、彼らが「どういう人であったか」に気づいていなければならないのだが、それには遅くとも1960年代前半までに生まれていなければ「間に合わない」。いや、私の年代ですら「遅い」のである。彼らの代表作の全ては、私が生まれる以前にほとんど「終わって」いた。私が着実に間に合っているのは、『てなもんや三度笠』以降に頭角を表していった横山やすしただ一人である。
 こう言えば、「渥美清は? 『男はつらいよ』はあなたが生まれたあとの作品でしょう」と言われるかも知れないが、小林さんもこのエッセイで書いていることだが、「渥美清=寅さん」ではない。世評が渥美清の代表作を『男はつらいよ』シリーズに求めることは仕方がないが、少なくともその演技の、芸の代表作とするのであれば、「それは違う」と断言できる。
 渥美清は「寅さん」になることで、「渥美清」として評価されることがなくなってしまった。それを証明しているのが、「寅さん一周忌」という表現であり、「国民栄誉賞」なのである。
 渥美清が役者としてずっと空虚な人気を得ていたように、この間に亡くなった人々も、ほとんどこの20年ほどは空虚な存在に置かれていた。若い人には、小林信彦の喪失感・憤慨が理解出来まい。小林さんも若い世代に限定された紙数で語りかけるのは諦めて、その「憤慨」のみを書き連ねる。説明がないのは不親切極まりないのだが、懇切丁寧に過去の歴史を語ったところで、若い人は「へええ」で終わりである。ある意味、小林さんのように若い読者を初めからコバカにしたような態度を取ることも一つの「方法」ではなかろうか。
 何の「方法」かは私ももう説明しませんが(^o^)。

 このころの小林さんは、まだ三谷幸喜を評価していたようだ。ただ、多分に「奥歯にモノの挟まった」誉め方なのは、「貴重な才能」「才人」という表現を使っていることでもわかる。

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02月01日(土)
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