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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■狂乱の終わり……始まり?/『横溝正史に捧ぐ新世紀からの手紙』(角川書店)ほか
横溝正史生誕100年を記念して出版された三冊のうちの一冊。そうだよなあ、まず角川がこういう本を出さないとなあ。何しろ金田一耕助シリーズはおろか、『蔵の中』まで映画化くらい入れこんでたんだし(もっともコレだけはさすがにヒットしなかったが)。
文庫もカバー一新で12冊が復刊されるみたいだし、今まで横溝正史の探偵小説(やっぱりホントはミステリーとか推理小説って言いかたじゃなくて、この表現に拘りたいよな)に触れたことがない若い方には、ぜひ、この機会に一冊でも多く、横溝作品を読んでほしいのである。
坂口安吾が「アガサ・クリスティーに匹敵する実力」と評価した世界探偵小説のベストテンに入れてもおかしくない傑作群を横溝氏は量産してきたのだ。
復刻される文庫本を、名探偵金田一耕助の事件簿順に並べてみる。
昭和12年『本陣殺人事件』
21年『獄門島』
22年『悪魔が来りて笛を吹く』
23年『夜歩く』
『八つ墓村』
24年『犬神家の一族』
25年『迷路荘の惨劇』
26年『女王蜂』
30年『悪魔の手毬唄』
『三つ首塔』
34年『仮面舞踏会』
35年『白と黒』
『悪霊島』と最後の事件である『病院坂の首縊りの家』が復刻されないのは残念だが、これだけでも充分横溝正史の真骨頂は伺えるラインナップだ。
特に、これまで過小評価されることの多かった『白と黒』が含まれているのは、その慧眼を声を大にして称えたい。横溝正史賞を受賞した小川勝己が、本書のインタビューで、「おそろしくフェアに書かれている」と評価してくれているのがラインナップに影響を与えたのかもしれない。
しかも、カバーデザインまでが「白と黒」のシンプルなカラーで統一されているのだ。これがもう、美しいったらない。横溝正史は全冊持ってるけど、もう一冊、買っちゃおうかな。
未読の方は、この機会にぜひ、時代順に読んでもらいたい。
特集記事の中で、個人的に一番の目玉だったのは、やはり江戸川乱歩との往復書簡だろう。乱歩と正史のほぼ全作を読んでいる私も、書簡までは手が回らない。これだけで、しょうもないインタビューだの対談記事の多いこの本を買った甲斐があったというものだ。
この偉大なる二人の探偵作家が、終生親友であり、同時に憎悪も抱きあったライバルであることは、意外に知られていない。丹念に両作家の作品を見ていけば、必ずしも関係者から話を聞かなくても、お互いを意識しながら作品を書いていったことが分るのだが。
驚いたのは、正史が、『屋根裏の散歩者』を乱歩が書いた時点で「『明智(小五郎)』はもうそろそろお止めになってはどうでせう」と書き送っていることだ。
もうそろそろも何も、『屋根裏』は、『D坂の殺人事件』『心理試験』『黒手組』『幽霊』に続く明智小五郎シリーズ第五作、「もう止めたら」というほど作品を重ねているわけではない。これらは全て大正14年に一気に書かれたが、第一作の『D坂』が「いい主人公を考えつきましたね」と人から口々に誉められたから、本来初めの二作で終わる予定だったのがシリーズ化されたのである。乱歩は「誉められないと書かない」といういささか困った性格の作家だったが、つまり誉められれば誉められただけ、傑作を書いてしまう人だったということだ。
横溝正史がそれを知らないわけはない。しかも、『屋根裏』は、前二作の『黒手組』『幽霊』のような腑抜けた凡作と違って、紛れもなく明智小五郎の事件簿の代表作でもあるのだ。
横溝正史はこのとき江戸川乱歩の才能に嫉妬し、彼を落とし入れたのではないか。あまり信用してはもらえないかもしれないが、一応、根拠と言えるものがいくつかはある。
一つは、この直後、乱歩が長いスランプに入ったことである。
次作『一寸法師』で明智はいきなりそれまでの和服の貧乏書生から、洋装のハンサムに変身する。しかも、どうやら本作を明智シリーズ完結編にしようとしたフシまであるのだ(何しろ最後にはあんなことしちゃうし)。更に『一寸法師』の出来映えに嫌悪を覚えた乱歩は、このあとなんと失踪してしまう。これも正史の手紙がきっかけになったと考えるのは穿ち過ぎだろうか。
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06月18日(火)
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