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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■天動説健在/『ブレーメンU』3巻(川原泉)/『殉教カテリナ車輪』(飛鳥部勝則)ほか
不可能犯罪が一つ提示されるだけでもミステリファンはワクワクするものなのに、それがダブルでとはなんとサービス精神の旺盛なことか。
しかも本作には、更に大きな仕掛けが一つ仕掛けられているのだが、これは私自身の少ない読書量では判断がつきかねるところだけれども、恐らくは古今のミステリ中、全く類例を見ない新しいトリックを創案したと言えるのではないか(ある有名作品をベースにしているとは言えるが、単なるバリエーションを超えていると判断する)。
その解明についても、一歩間違えばトリックのためのトリックに堕するところだけれども、ギリギリの線で踏み止まって、本格ミステリとして成り立っていると思う。フェアかアンフェアか、ということを聞かれれば「フェアである」との立場を私は取りたい。
しかしである。
それだけプラスポイントが高いにもかかわらず、本作を傑作か、と問われれば、私はせいぜい「力作」である、としか評価しきれない。
殺人に至った過程に無理があるし、犯人の心理も説明不足。
なにより、私の期待のきっかけになった口絵の油彩画。
あれが謎の解明にひと役買っていることはいるのだが、それをイコノグラフィー(図像学)の立場で心理分析する方法が、どれだけ実証的なものと言えるのか、はなはだ眉唾で、胡散臭いのである。それは解説の有栖川有栖が「象徴を解くという作業は、論理を重要視する本格ミステリの探偵に期待されていることではない」と指摘されていることなのである(創元ミステリに信用がおけるのは、ヨイショ記事になりかねない解説の文章に、ちゃんとこういう批判が載るところだ)。
だからこそ私は初め、推理の材料としては向かない「絵画」をあえてミステリに持ちこんだところに作者の新しい「仕掛け」があるのではないかと、期待したのだ。もちろんそこに「仕掛け」はあったのだが、残念なことにそれは本格ミステリとして考えた場合、今一つ、と言わざるを得ないものであった。
それは小説としての語り口が未熟であるがゆえのことでもあるので、もう少し感情に流されない筆致で書いておけばそういった印象は随分軽減されたのではないか、と思われる。
全ての謎が解明されるわけではない、人の心は常に闇を持っている、という考え方を作者がしているらしいことは見当がつく。しかし現実がそうであるからこそ、本格ミステリの読者は虚構であるはずの「小説」に「真実」を求めるのである。
本作の犯人は語る。
「私は豪徳二を殺した。
理由はない。
私は佐野美香を殺してしまった。
理由はない。」
もちろんこの告白自体にもトリックがある。
当たり前の話だが「理由のない犯罪」などというものは存在しない。現実の犯罪においてもたとえそれが衝動的な犯罪であったとしても何らかの「理由」は必ずある。犯人の心理に謎が残るように感じるのは、あくまで「理由をうまく言語化できない」からにすぎない。
しかし、それをあえて言語化しよう、というのがミステリの醍醐味なのである。
言語化できないものを言語化しようというのだから、ムチャと言えばムチャなのだが、「不可能への挑戦」は、単に作中の探偵の行動のみに限定されることではなく、ミステリ作家自身の小説を書く上での姿勢でもあるのだ。そこにこそミステリファンは感動を覚えるのだと言っていい。
そのことをこの小説の作者は軽視している。あるいは放棄している。
それは、つまるところ本格ミステリに対する作者の姿勢の「甘さ」を示していることになるのだ。
惜しいなあ、あともう一歩、ディテールを考えればすごく面白い小説になっただろうに。
……しかし相変わらずトリックの具体的内容に触れずにミステリを批評するのは難しいよ(´。`;)。
06月02日(日)
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