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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■愛のタコ焼き情話/『八戒の大冒険 2002REMIX』(唐沢なをき)/『ダルタニャンの生涯』(佐藤賢一)ほか
虚構は確かに虚構であるが、それを生み出す「素地」があったこと、それは紛れもない事実。ダルタニャンについて言えば、それは「フーケ事件」で彼が取った態度に表れている。
自らの親政にあたって目の上のコブであった財務長官、ニコラ・フーケを失脚させたルイ14世は、彼の護送を銃士隊長ダルタニャンに任せた。バスティーユへ馬車でフーケを護送している最中、沿道にフーケ夫人が現れる。法的にはフーケと夫人を合わせることは叶えられることではない。しかしダルタニャンは、馬車の速度を緩めた。二人はそこで最後の抱擁を交わす。
これが史実のダルタニャンである。
ある意味、王に反逆する行為ではあったが、王の信任厚い彼は、自分に咎めはないと踏んで行動したのだろう。実際、ダルタニャンはその後も順調に出世街道を歩んで行く。したたかな計算とも言えるが、計算だけでできることでもない。彼が「英雄」となったのはこの瞬間からだった。
もちろん「史実」であるから、ダルタニャンの名誉を傷つける不都合な事件も紹介される。妻との不仲、リール城砦建築に関しての失態などである。
しかし、それらもまた、「人間」ダルタニャンの姿であることにほかならない。それこそ、「我らが英雄は『人間』であった」と語り継ぐことができるのは、彼が笑い、怒り、泣くその姿を想像することができるからだ。
『三銃士』のダルタニャンもすばらしい。
しかし史実のダルタニャンも、やはりすばらしいのである。
あ、でもダルタニャンの肖像画を見て、「え〜?! こんなニヤケタおっさん?!」とか思わないようにね。ダルタニャンはクリス・オドネルでもガブリエル・バーンでもジャスティン・チェンバースでもないんだからさ。
03月04日(月)
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