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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■アホがアホを教育したってねえ/アニメ『七人のナナ』第7話/『鉄鋼無敵科学大魔號改』(唐沢なをき)ほか
 ……あのさ、3.14ショックっていうけどさ、私たちだって、最初に円周率を習った時は「3」って習ったんだよ。それを小学校高学年で、「実は3.14」って「覚えさせ直された」わけ。その当時「だったら最初から3.14って教えとけよ」って釈然としなかったこと覚えてるからね。
 「『およそ3』についての学力低下」を叫ぶんだったら、もっと昔に言っとけよって。
 学校五日制に対する親の不安だって、結局は「自分の子供だけが落ちこぼれて行くんじゃないか」というのがその正体なんだよね。逆に言えば、「自分の子供が抜きん出ることができるなら、学校五日制には反対でなくなる」ってわけ。
 だから、今、学校五日制に賛成してるのは、ホントに数少なくなった「学校の勉強よりももっと大切なことが人生にはある。休みの日はどんどん遊べ」と考えてる親か、全く逆に「休みが増えればウチの子は自ら学んで勉強する。レベルの低い学校の授業を受けずにすんでラッキーだ」と考えてる親かの、両極端に分かれてしまっている。
 でもそんな親は全体の1割。
 たいていの親は「他人のことなんて考えてないエゴイスト」だ。
 よく「自分さえよけりゃいいのか」とか「人に迷惑をかけるな」とか言って子供に説教タレる親がいるが、そういう親はそのセリフ自体が「平等」を装った「差別」であることに気づいてないもんね。自分がラッキーな立場に立ったら、絶対にこんなこと言わないんだからさ、こいつらは。
 「子供のため」なんてことも親はよく言うけど、それは「自分の子供のため」であって、「みんなのため」じゃないのだ。あ〜見苦しい。

 で、文科省は「そんなエゴイストの親は相手にできまへんわ。ウチラは『これだけの学力』しか生徒に提供せえへんさかい、後は塾で学ばせるなと、勝手にしなはれ」と今回の改訂で言い放ったわけだ。まあ、結果的にそうなったってことではあるんだけれど。
 はい、そこに「塾」が付け入る隙ができちゃったわけですね。
 日能研がズルイのは、タイトル通り、「子供の教育は親が考えろ、学校にまかすな」とは言ってるけれど、ターゲットにしてるのは「勉強なんていらないじゃん」って生徒じゃないってことなんだよね。
 だって、「今時、中卒で就職できる企業なんてない」って事実を、この本の中じゃひとっことも触れてないんだから。
 あえてそのことに「触れない」ことで(触れりゃ、それを解消する手段だって提示しなきゃなんないけど、「塾」がそれをするわけない)、親を「進学準備」のための「塾」に誘おうって魂胆だからね。
 所詮は「塾」だって「商売」よ、当然なことだけどさ。

 確かに、教育改革と行政改革が連動していないという知名的な欠点が今度の改訂にはある。中卒で教育過程を修了させるつもりなら、その時点で就職できる受け皿を、各官公庁がまず率先して広げてかなきゃなんないのに、全く逆にどんどん公務員は「狭き門」になってきている。
 いや、だいたい「教科書の内容は最低ライン」とするなら、義務教育修了者は全員「満点」でないと卒業させられないことになるが、そこまで指示してるかね、文科省が。
 結局、「文科省のやることは信用できない」というキャンペーンが功を奏して親たちはゾロゾロと、「塾へ塾へ」と流れる現象を生み出したわけだ。
 けどさあ、この本でもチラッとだけ触れてるけど、ここまで不況が続いちゃうとさあ、「学歴」ってやつがどんどん意味なくなっていくんだよね。みんながみんな「せめて高校」「せめて大学」でゾロゾロ高学歴目指したって、結局は学力のアベレージが下がるだけで、結果的に「学歴」を無効力化することにしかならんわけ。
 「分数ができない大学生」が問題になってるが「九九のできない大学生」だって量産されることになるわけだな。「学力低下」を心配するなら、そういう「社会状況」こそを心配せねばならんのだけどね。
 だとしたら。
 意外とこの杜撰な教育改革、文科省は故意にやってる面があるのかも知れない。
 なぜなら、文科省は同時に「高校・大学の統廃合」も積極的に行っているからだ。

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02月21日(木)
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