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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■たくさん書いてるけど半日は寝ている(^^)/『ギャラリーフェイク』24巻(細野不二彦)ほか
 監督がかみやさんに変わって着実にスキルアップしてるな。ええこっちゃ。
 「saiはヒカルかも!」とパソコンルームに飛び込んできたアキラの前でヒカルが見ていたネットの画面は、原作ではジャンプのホームページだったけれども、アニメではマンガのものに変更。
 これは将来版権がどこかに移っちゃったとき、放映できなくなることを恐れての措置かな?


 『ヒカ碁』を見たあと、疲れ切ってそのまま熟睡。
 おかげで『ウンナンのホントコ!』、24時間恋愛の結末を見損なったので、気になって(気にするなよ)目覚めたあとネットで検索してみると、女のほうが「男の人の気持ちが本当かどうか分らないから」という理由で100万円を選んだらしい。
 なんかネットじゃ女の不実に対して非難轟々だが、やっぱりヤラセだったんじゃないかね。仮にヤラセでなかったにしても、たかが24時間あっただけの、しかもテレビの企画で知り合った人間どうしに「愛」を求める視聴者の心理もどうかと思うが。
 予め「テレビのショー」として見ていただけのくせに、自分の思い通りの結末にならなかったからって何をいきりたってんだかね。
 いいじゃん、女が愛よりカネを選ぶのは『金色夜叉』以来の日本の伝統だってば。


 某マンガ家さんからメールが届く。
 詳しいことはその方に迷惑が掛かるかもしれないので書かないが(ああ、そこのあなた、勝手に誰のことか詮索しないように)、お元気そうだったので嬉しい。
 ちょっとびっくりしたのは、その方のHPを覗いてみて、そのマンガ家さんの知り合いの知り合いが私の知り合いであったことに気づいたことだ。
 そのことはマンガ家さんご本人にお伝えはしていないのだが、これって、いわゆる「ともだちの輪」ってヤツ? 人間、ホントにどこでどうつながってるかわからんもんだよなあ。


 マンガ、細野不二彦『ギャラリーフェイク』24巻(小学館・530円)。
 急にコピーを多用するようになったなあ、細野さん。
 美術界の「ブラック・ジャック」(^^)、藤田玲司の活躍を描くこのマンガ、当然、その話の中に世界中のかつての名画が多数紹介されてきていたのだが、実際にある絵画でもこれまでは細野さん自身が模写することが多かった。
 それがコピーに切り替わったのだから、これって、「引用」として認められたってことなのかなと思う(いちいち転載許可もらってたら、カネがいくらあっても足らんはずだ)。
 だとしたら、これはめでたいことだ。
 世の中には、実作者のくせに、自分自身の作品を勝手に引用されたり、解釈されたりするのはイヤだなんて言い腐ってるおおバカヤロウがゴマンといるが、いったん自分の手を離れたからには、それは万人のものなのである。
 だいたい完全なオリジナル作品なんてこの世にゃあるまいが。作品の中に「神」を出したらみんな教会に著作権料を払わなきゃならないのかよ。
 批評も引用も、新たな作品を作るプロセスなのであって、明らかな「剽窃」「盗作」とは一線を画してるのだ。細野さんが名画を「引用」しているのは許容されて然るべきである。

 面白かったのは、7話「美神法廷」。
 アルブレヒト・デューラーの贋作を真作と偽って売った容疑で、裁判にかけられることになったフジタ。そして検察側の鑑定証人として呼ばれたのは旧知の三田村小夜子館長だった。
 日頃、フジタに対してライバル意識の強い彼女だけに、フジタに不利な鑑定をするのではないかとサラは心配するのだが……。

 絵画の「真贋論争」ってのはシロウトの私の関知する世界じゃないんだが、実際、何度かこのマンガでも扱われてきた話題ではあっても、その評価って結構揺らいでいた。たとえば「巌作が真作よりも優れていたら、どう評価するか?」とか。映画『国士無双』だあね。
 この話も実のところ「真贋判定」といった鑑定から言えば、三田村館長の下した判定は納得しがたい点はある。デューラーのモノグラム(イニシャルの組み合わせ)は明らかにニセモノ。しかし「絵」そのものはどうか?
 「ニセモノというにはこの絵には“品”がありすぎる」
 ……これ、マジメに考えたら根拠にはならんよなあ。

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02月13日(水)
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