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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■食事中には読まないで下さい。/『ラーゼフォン』1巻(百瀬武昭)/『増量・誰も知らない名言集』(リリー・フランキー)ほか
 「夢」を語る者たちが須らく切なく見えるのは、どんなにささやかなものであろうと、それにすがりつかねば自分の心を維持できないくらいに、彼ら自身が脆弱な赤ん坊であるからだ。
 夢見てるヤツって、ママのおっぱい恋しがってるのとかわんないのよ。その夢がいろんな所で破れていく。われわれは赤ん坊のまま放り出される。それでもわれわれは、ママに捨てられたくなくて、相変わらずおっぱいを求めてさまよっているのだ。
 われわれは次に、何にすがりつけばいいのだろう?
 答えのない時代はもう始まっている。
 

 リリー・フランキー『増量・誰も知らない名言集』(幻冬社文庫・520円)。
 こんなに薄いのに520円。216ページしかないじゃん。
 でもまあ、中味がおもしろかったからいいや。
 イラストレーターとしてのリリーさんは(こういう呼び方すると、タイガー・リリーみたいだな)よく知らない。私の認識はあくまで『サウスパーク』のキリストの声の人である。
 しかしキリストをやるだけあって(別に関係ないけど)、世の中に対する目の付け所も一味違うスバラシイ人だ。

 ここに集められてるのは全て「日常」の言葉だ。有名人は誰一人いない。
 けれどわれわれはともすると過去の哲人よりもそこいらのオッサンの言葉の方に何とも知れぬ「重み」を感じることがある。
 リリーさんが採取した「名言」は、例えば次のようなものだ。

 「別にあやまらねぇよ……」
 「感動してるんだァ!!」
 「中で出してないから、ヤッてない」
 「だって、上の方だけだもん」
 「もうちょっとで損するところだったよォ」
 「オレはここでいいからっ!!」
 「女ってさぁ……。なんかヌルヌルしてるよなぁ……」

 もちろん、それらの言葉がどのようなシチュエーションで発せられたか、逐一説明はされている。しかし、それを読む前にこれらのセリフをじっくりと噛み締めて読んでもらいたい。果たしてどのようなシチュエーションでその言葉が発せられたか想像してもらいたいのだ。
 そして、改めて、本文を読む。
 そこには予想もしなかった世界が待ち受けている。
 例えば、最初の「別にあやまらねえよ」。
 誰がどんな状況で発したセリフかお分かりだろうか。
 これ、リリーさんのビルの前で、野グソ(いや道グソか)してたホームレスのおっちゃんのセリフなんである。
 ……えーっと、どういう思考なのだろうかこれは。「ウンコがしたかったんだ、だからしたんだ、おれはホームレスだから世界がおれの便所だ」、そう言いたいのだろうか。それともただの照れ隠しか。
 リリーさんは言う。「何の意味もない」。
 多分そうなんだろうなあ、この「意味がない」という点において、この言葉は実に奥深いものとなってるって思うんだけれど、こーゆー感覚、おわかりいただけるだろうか。
 しかし、ウンのついた日にウンの話を読むことになるとはなあ。なんと西手新九郎であることよ。
 
 われわれのセリフはほぼありふれた、陳腐な言葉で占められているのかも知れない。誰もが似たようなセリフをどこかで発してるかもしれない。
 しかしそのシチュエーションはまさしく千差万別、各人各様であるはずだ。
 だとすれば「名言」はわれわれのそばにも転がっている。
 そう、日々のウンコの間にも。

01月26日(土)
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