ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491657hit]
■なっまえっ、そっれっはっ、もっえっるっ、いっのぉちっ/『ガゥガゥわ−太』1巻(梅川和実)ほか
「売れるためだからと言って、そこまで話を壊す事は出来ないんです。なんだか壊れていく作家の気持ちが少し分かったような気もします(笑)。
漫画を一体何だと思ってるんだ。打ち切りって言えばなんでもきくと思ってるんでしょうか。」
というのが梅川さんのホームページに載せられた言葉。一体どんな要求をされたかは憶測するしかないんだけれど、どーせ「みさとちゃんのヌード出してよ」とかそんなレベルのことだろう。商業原理としてのジャンプシステムを評価しないわけではないが、バカに編集させちゃいかんよ、絶対。
本作のエピソードの一つに、「自分が黒猫であるために飼い主に不幸を呼びこんでいるのではないか」と悩む猫の話がある。
何気なく我々も見逃していることだが、これって明白な「黒猫差別」だよなあ。もしかしたら、こういう根も葉もない迷信をまともに信じてて、黒猫を捨てたり殺したりしてる“現実”もあるんじゃないだろうか。そういうことについても作者はずいぶん怒り心頭に発してるんだろう。
話に固さは残るが、「定番」だらけの『バンチ』の中では、一番読んでて面白いマンガだ。『バンチの良心』と言ってもいい。こういうマンガ家さんが、つぶれていくようじゃ、日本のマンガシーンもジリ貧だろうと本気で思う。もし、ホントに打ち切りになっても、どこかが拾ってくれよ。意外と何でもアリの『チャンピオン』あたりが合ってる気もするが。
マンガ、矢崎存美原作・安武わたる作画『ぶたぶた』(宙出版・730円)。
徳間デュアル文庫シリーズの『ぶたぶた』のマンガ化。
作者にゃ悪いが、原作のマンガ化としては可もなく不可もなくといったところで、こっちを先に読まれたら、原作の続きを読みたくなくなっちゃうんじゃないかって気もしてしまう。
つまりはレディコミのコマ割りでファンタジーを描くことにムリがあるんだろう。説明が長くなりすぎるのではしょって書くが、レディコミのコマ割りの特徴の一つに、遠近感を曖昧にする、というのがある。出来るだけ背景をボカし、二人以上をコマの中に描き入れることをせず、モノローグを多用し、映画的モンタージュを持ち込んで、画面をファンタジックにしていく。
確かに『ぶたぶた』は現代の御伽噺ではあるが、レディコミの持つファンタジー性とではあまりにも質が違ってやしないか。『ぶたぶた』の面白さはもっとリアルな現実の中にファンタジックなものが混じりこむ違和感 ――まさに演劇的な―― 点にあるんじゃないかと思うのである。現実そのものをファンタジックに描くレディコミじゃ、その違和感は表現出来ないのだ。
ロボトロニクスがもっと向上して、「生きているようなぶたぶた」が作れるようになったら、映像化もいいかなと思えるんであるが(CGじゃダメだねアレは)、今は小説読んで想像力膨らませるだけで充分じゃないかなあ。
あ、そうか、『シュレック』にあまり興味が湧かないのはアレがCGバレバレだからなんだな。
マンガ、石ノ森章太郎原作・MEIMU漫画『キカイダー02』3巻(角川書店・5670円)。
世間ではご批判もいろいろあるようなMEIMU版『キカイダー』だけれど、21世紀に石ノ森作品をフィーチャーして行くプロジェクトの一貫として考えれば、色々な試みがあっていいと思う。
ハカイダーの脳が光明寺博士のものでなく、兄、イチローのものであるという改変も別にいけないとは思わない。ドラマ上の変更は演出の範囲内だし、その改変があってなお、石ノ森ワールドが壊れていなければ、それはその世界の幅広さを証明することになるからだ。けれど、やっぱりハカイダーの眼には表情があって欲しかったな。俯くと不敵な笑いに見えるところがよかったんだから。
「ダーク」が滅びてもいないのに、早くも名前が語られた「シャドウ」の存在、どうやらジローたちの味方でもないらしい風天(「瘋癲」と改名……いいのか?)和尚による“六体”の01の開発。この怒涛のアレンジはどうだ(と言われても困ろうが)。
[5]続きを読む
12月07日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る