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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オタアミ承前/『すごいけど変な人×13』(唐沢俊一・ソルボンヌK子)/DVD『金田一耕助の冒険』ほか
身障者をアニメに登場させたら何かと問題があるとの判断だろうが、それは結局、差別事象を隠匿しているのと変わりがない。原作は身障者差別を告発するために描かれたようなものなのになあ。
だから、視聴者のみなさんには、少年が呟くシーンのセリフを、心の中で原作どおりの「ウヘ……」というコトバに置き換えて御覧になることをお薦めする次第である。
『こち亀』『ワンピース』を斜め見。
『こち亀』は悪徳セールスの話で、『ワンピース』はワポルがぶっ飛ばされるあたり。
ネットなんかでは、ヒルルクの死をずいぶん感動的に紹介してる記述が多いけど、この辺、尾田栄一郎はまんま、なかいま強とかをパクって描いてるんで、私はちっとも感動できないんである。
これでしばらく原作の方だと「感動編」はお預けなので、これから先、話をどうひっぱって行くかだなあ。またぞろオリジナルエピソードを差し挟むのかなあ。
DVD『金田一耕助の冒険』。
公開当時、小林信彦が「日本にはパロディをキチンと作れる監督がいない」と言ってたが、半分首肯し、半分は失笑した。
「パロディ」というコトバにただの駄洒落やモジリ以上のものを求めるならば(別にただの駄洒落だって構わんと思うが)、それはその通りかも知れない。
しかしそう言ってる小林信彦だって、「ただの駄洒落」を『オヨヨ大統領』シリーズや『唐獅子株式会社』でやってるのだ。
メイキング・インタビューで、監督の大林宣彦が「パロディ映画ってのは、お客さんが自分から楽しもうとするかどうかで面白さが変わる」と語っていたが、実際、私は、このギャグセンスのカケラもない低レベルな駄洒落に満ちた、しょーもない映画が公開当時も今も大好きなのである。
いや、確かにしょーもないギャグも多いが、金田一耕助の内面にこれほどせまった映画もほかにはないのだ。
冒頭、物語はいきなり「戦後の」岡山を走る蒸気機関車の中から語られる。
女学生のクロスワードパズルを見事に解いて見せる金田一。
「その答えはインディアン・ライラック。百日紅です」
女学生は感嘆し、金田一の名を尋ねる。照れながら名乗る金田一。
「ああ、あの有名な……! 言語学者の!」
金田一、メゲて「……とるに足らぬ男です」と呟き、振り返る。
ここで、金田一京助と勘違いしたギャグだけを取り上げて、しょーもない、と断じた目の見えぬヒョーロンカのいかに多かったことか。
しかし、このギャグの秀逸さは、そのあとの「取るに足らない男」の方にあることを見逃してはならない。
これは実は、原作にある『百日紅の下にて』のラストでの金田一のセリフなのである。自分で自分のことをこんなふうに芝居がかって言うヤツをみなさんは信頼できるだろうか。
一般的には純情ではにかみやの印象を持たれている金田一が(そのイメージは石坂浩二が作ったものだ)、実は自己顕示欲の強い俗物であることを、この映画はいきなりファーストシーンで暴露し、揶揄しているのだ。
列車は、東京に到着する。
そこは、「現代の」東京だ。待ちうけている等々力警部は「岡山の磯川さん元気? 金田一さんも相変わらず快刀乱麻を断つ名推理みたいね」と磯川警部に比べて自分に人気がないことを僻み、羨んでいるかのように皮肉っぽく言う。
金田一シリーズが戦後の岡山を舞台にした作品に傑作が多く、作品数から言えばはるかに数の多い「東京モノ」にさっぱり人気がないことを揶揄するセリフなのである。
当時の横溝正史作品の読者は、「現代の東京」になんかロマンを求めてはいなかった。現実に幻滅していたからこそ、土俗的な横溝ミステリーに惹かれていたのだ。言い返れば、それくらい現実の犯罪にはロマンがなくなっていたのだと言える。
犯罪にロマンを! 不謹慎なセリフだろうが、ミステリーの魅力はまさにここにあるだろう。この『金田一耕助の冒険』は、懐かしき探偵小説にロマンを求めるミステリファンの「自分探し」の物語であったのだ。
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11月25日(日)
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