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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■新番第4弾/『クレヨンしんちゃんスペシャル』/『化粧した男の冒険』(麻耶雄嵩・風祭壮太)ほか
「夢と現実との区別がつかないオタク」なんて陳腐なイメージの中に、「何かに熱中する人間を全て放りこんでしまおうとする」世間の人々の偏見を、次々に遺伝子操作よろしく「組み替えて」いった手腕は、もっともっと評価されていい。
そして、岡田さんは未だに怒ってくれているのである。
この『フロン』について、女の人が「頭の中で生きてる」って批判したってのはつまり「夢と現実の区別がつかない」って批判と同質のものであろう。
しかし、人間は「心」を持ってしまった時点で、現実を認識できる能力を殆ど捨て去ってしまった動物であるのだ。
……あの、今回のテロ事件だって、我々がどれだけあれを「現実」として認識できてると思います? というか、「現実」と認識すれば認識するほど、心がその事実の重みに耐えられなくなってしまうとは思いませんか?
あるいは、こういう例を考えることもできるよね。何か事件が起こるたびに「まさかあの人がこんな事件を起こすなんて」ってみんな言うじゃない。てことは、その事件を起こした本人じゃなくて、周囲の人間の方が犯人の「現実」が見えてなかったってことでしょ?
人間の防衛規制って、全部「現実から目を背けること」から成り立っているのよ。
この女性も、自分が「頭の中で生きてる」人間であることに気付いていない。気付いていれば、こんな言葉は使えないからだ。
というか、「現実を見てない」なんて批判は、もとから批判としての機能を持ち得ない空虚なコトバなのだという「現実」すら、世間の差別者たちには「見えていない」のだ。
……悲しいよな。
作り置きのカレー、やっと全部食えた。
前のよりは「美味い」と言って食べたしげだったが、最後はあまり食べてくれなかった。
「肉が固い」というのである。
鶏肉の切り落としを具に使ったのだが、確かにコリコリした肉が入っていたのは事実だ。けど、それが私には美味しかったんだがなあ。
だいたい、ウシとブタの区別もつかないくせに、ウマイのマズイのって言えるってのがいい根性してるよなあ。
マンガ、神坂一原作・トミイ大塚作画『スレイヤーズすぺしゃる』4巻(完結/角川書店・546円)。
映画公開が近いのに、本編シリーズもこのすぺしゃる版のマンガ化も終わっちゃった。
結局、マンガ版はあらいずみるい版、義仲翔子版、そしてこのトミィ大塚版と3種類も出たわけだけど、ほぼオリジナルといっていいあらいずみ版を除けば、原作のノリに迫り切れたものはない。この4巻も、ページ数の限界で、今一つ感が強い。原作を消化しきれずにここで終わりってのも無理からぬ気はする。
でもなあ、ラストはもうちっと最終回らしくしてほしかったなあ、とは思うのだ。ラスト前の1話をフィリオネル王子編でシメてたんで、てっきりナーガとの親子対面があるかと思ったのに、すれ違いなんだものなあ。
いい加減、このすれ違い、引きすぎじゃないのか、『君の名は』じゃあるまいしよ。まあ、マンガ版より先に小説版でやんなきゃいけないことだけどね。
そのためには、本編の第3部を神坂さん、書かなきゃいけないと思うんだけど、そんな気配もないよなあ。
麻耶雄嵩原作・風祭壮太作画『メルカトル鮎の事件簿 化粧した男の冒険』(秋田書店・540円)。
原作は短編集『メルカトルと美袋のための殺人』(講談社)。
ここ数年で随分増えたよねえ、新本格ミステリのコミック化。
しかも、こないだ読んだ『モーツァルトは子守唄を歌わない』もそうだったが、必ずしも原作におんぶに抱っこの、マンガとしての工夫のないつまらないものではなく、意外といい出来ってのが多いのである。
あ、内田康夫原作のは除いてね。ヽ(^。^)丿
おかげで、「原作読まなくてマンガでいいか」って気になっちゃうのはよくないけど。
この『メルカトルの事件簿』も、最後の『水難』が真犯人が○○という、掟破りの手に出ている点を除けば、まあ、悪いデキではない。
探偵の性格が悪い(何しろ自分の天才を証明するために犯人の殺人を誘発さえする。……ってそれって真犯人って言わんか)、というのは実はミステリーの伝統だといってもいい。
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10月05日(金)
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