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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■祝、2000ヒット/映画『チキンラン』
 既に冒頭の大阪万博再現、ウルトラマンならぬスーパー(ひろし)SUN対ゴモラモドキ(怪獣の名前もつけてほしかったなあ)のシーンで、あの当時を知る身としては感激に打ち震えてしまうのですが、それからこれでもかこれでもかというほどに繰り出される失われし20世紀の思い出の数々、魔法使いサリーが、セーラームーンが、ジャイアント馬場が、やたら丸っこい車やオート三輪が、同棲時代や夕日の下町が、あの時代を象徴する数々の名曲、『ケンとメリー』や『白い色は恋人の色』、『今日までそして明日から』をBGMにして、脳髄を直撃してくるのです。
 ラジオから「♪なーあああ、いんてぃんでぃあーん♪」と『聖なる泉』が流れてきた時なんか、思わず「よしっ!」と(何が「よし」なんだか)握りこぶししてましたね。

 ひろしたちオトナを子供に返していたのは、その時代の「匂い」。現実の21世紀はその「匂い」をなくしている。来るべきはずだった未来、失われた21世紀を取り戻すために、もう一度「20世紀」からやり直す。それが「イエスタデイ・ワンスモア」のリーダー、「ケンちゃんとチャコちゃん」(何となくサチコとイチローのほうが合いそうな気がするけど)の計画。
 ひろしは自分の靴の匂いのおかげで、懐かしい匂いの世界から脱出することが出来るのですが、このときの回想シーンは、しんちゃん映画史上、屈指の名シーンでしょう。
 万博会場でアメリカ館の月の石を見るために並んでいた親子、でも、あまりの行列の長さに閉口して、結局、親に説得されて子供は泣く泣く列から離れる……。
 ……ええ、ええ、私も同じ経験しましたとも。1970年を幼稚園か小学校低学年で過ごした身なら、あのひろしを「アレはオレだ!」とシンクロさせて見ることでしょう。思わずあの時の甘言を弄して私をムリヤリ列から引き離したオヤジに対する殺意が31年ぶりに復活してきましたよ(^^)。
 ……月の石かあ。今や北九州スペースワールドに行けば、別に並びもせずに間近で何十分だって見られるようになりました。あのときの無念を、どこにどうぶつけたらいいのやら。
 それはそれとして、靴の匂いをかがされたひろしの脳裡を過去の走馬灯が駆け巡ります。
 青春時代、彼女との自転車の二人乗り(やったやった)、就職、失敗を繰り返す新人時代(やったやった)、みさえとの出会い、結婚、生まれてくる子供(ああ、ほしいなあ)……そして目覚める今。しんちゃんが声をかける、「と―ちゃん、オラがわかる?」
 えいくそ、思い出しただけでまたジンときちまうぜ、べらぼうめ(T_T)。
 目覚めたひろしとみさえは、しんちゃん、ひまわりと、「20世紀の匂い」を止めるため、発生装置のあるタワーの頂上を目指して走ります。再び自分たち家族の21世紀を取り戻すために。
 そうなのです。20世紀は確かに懐かしい。昭和のころに、60年、70年代に帰ってみたい。そういったノスタルジーを否定することは誰にも出来ません。
 でもそれを否定するのではなく、まるごと飲みこんで21世紀に一歩を踏み出す、そうしなければいけない、少なくともしんちゃんたち21世紀の子供はそれを望んでいる。
 「オラとうちゃんたちと一緒に大人になりたい!」……ここしばらく、「ずっと子供でいたい」アニメが多かった中、しんちゃんのこの叫びはマジで感動ものでした。
 「大人になれよ」という押しつけがましい説教ではなく、自らの心の中から「オトナになりたい」という思いが生まれてくるドラマなのですから。
 でもオタクにはややイタイ面はありますけどね。
 ……ちょっと不安だったのは、展開は地味だし、こういうの、会場の子供たちには面白くないんじゃないかと思ってたんですが、ギャグシーンで笑うの以外、水を打ったようにシーンと、みんな映画に見入っていたんですよねえ。なんと行儀のよいことか。
 やっぱり彼らは「しんちゃん」の視点でこの映画を見、とうちゃんたちの思い入れがよく分らないなりにも、「救いたい」という思いから映画に入り込んでいたのでしょうか。……子供なりの家族愛かな、やっぱり。
 誰でしょうね、「『しんちゃん』見てると子供が生意気で反抗的になる」なんて言ってたやつは。


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04月27日(金)
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