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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■九州国立博物館開館一周年「『海の神々』 〜捧げられた宝物〜」展
 住吉神社の総本山は大阪だけれども、歴史は福岡の方が古い。
 博多古地図が展示してあって、住吉神社が昔は海に面していたことが分かる。住吉神は記紀における「ツツノヲ三神」のことだが、この「ツツ」は「津々」のことではないかという説がある。
 本来は「筒」の字を当てているから、これは「舟」の暗喩であり、海を女性に見立てれば当然これは「男性器」の象徴でもあろう。
沖の宗像三神が女性なら、港の住吉三神は男性だと考えるのが自然で、ここにも古代人の性の大らかさが表れていると思うのである。


「2章 海上の守り神」
 > 海の民の中からは航海を生業とする人々も現れました。記紀では宗像三女神が航海の守護神として生まれました。海上交通の要衝にある沖ノ島や厳島は、島そのものを航海の神として祀られています。また灯台のように目印となる山も信仰の対象になりました。金比羅神はその代表でしょう。また、近世には宝船の絵とともに七福神が流行ります。恵比寿は鯛を抱えた姿で親しまれる漁業の神、弁財天も水辺に祀られ、ともに福運の神と崇められています。

 「エビス」はもともと「異界の神」で、それが福をもたらすというのは、まさに「カーゴ・カルト(積荷信仰)」だ。
 「海から来た神々」にはやっぱり渡来人のイメージがあったんだろう。というか、日本人のルーツはやはり海の彼方にあって、いわばかつての故郷を神格化し、憧憬を表したたものが全国の恵比寿信仰になったんだと思う。


「3章 海神の伝説」
 > 伝説でよく知られているお話しが、浦島太郎と海幸彦・山幸彦の物語でしょう。記紀によれば、ヒコホホデミノ命(山幸彦)がシオヅツノ翁の助けによって海神の宮へ赴き、海神の娘トヨタマ姫と結婚します。そこで釣針と糸や塩満瓊と塩涸瓊を手に入れて、兄のホスソリノ命(海幸彦)を降伏させたのです。シオツツノ翁はツツノヲノ命と同じ神と考えられ、神功皇后の伝説でもツツノヲノ命が助力しています。

 浦島太郎の本名は「住吉浦嶋子(スミノエノウラシマノコ)」。住吉神と同じものと考えてよい。
 彼を龍宮に案内するのは亀だが、もともとの伝説では亀は乙姫そのものだった。
山幸彦を発見するのは海神の宮の乙女たち、神功皇后を朝鮮に誘うのは、妹のソラツノヒメノミコト。
 「ソラツヒメ」は「虚空津比売」と書き、天空と海を繋ぐ壮大な名前を持っている。しかもその姿は裸形。「女」の原型的イメージがここにあると考えるのは穿ちすぎだろうか。
 そもそも、渡海に「女性」が必要だったのはなぜなのだろう?
 天孫ニニギノミコトの道案内はサルタヒコだが、彼に渡りをつけたのは日本最古のストリッパー、アメノウズメだ。ヤマトタケルノミコトは、海を渡る際に、妻のオトタチバナヒメを犠牲にしてしまっている。
 海は全ての生命の源であり、女の腹から生まれない命はない。そういう思想が、女性を海女とし巫女とした進行に結びついていったのか……と想像する。


「4章 外来の神」
 > 媽祖(まそ)とは、中国の沿海民から絶大な信仰を集める航海の女神です。航海中はその神像を必ず同伴して供養し、航海安全を祈りました。九州でもかつて中国人貿易商たちの活動が活発だった地域に媽祖像が伝来し、今も篤く信仰されています。

 媽祖は時代的には十世紀ごろに実在した女性ということだが、海難を予言したというから、やはり巫女的な存在だったのだろう。「媽祖」という漢字にも「母なる女」のイメージがある。
 人間はすべからく、最後は母に帰るものなのだろう。魂のルフラン♪(笑)


「5章 海の彼方のユートピア」
 > 沖縄をはじめ南島では、海の彼方にやすらぎに満ちた楽土(ニライカナイ)があり、そこは祖先の原郷という信仰があります。沖縄ではこのニライカナイの神が、海を渡ってやってきて豊穣をもたらすと考えられています。この信仰は太平洋の島々に広がってもいます。

 海神信仰の原点は沖縄に残っている。
 ニライカナイは日本人の原風景でもあるんだろう。いつかはそこに帰ることを夢見る、日本人の「約束の地」なのである。




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11月26日(日)
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