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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」九日目/発表会本番!
 不思議な光景だが、これが森田さんの計算し意図していることなのだろうと思う。

 舞台に森田さんの怒声が響く。
 本番直前となって、去年のように椅子を叩きこそしないものの、森田さんのダメ出しは辛辣さを増していく。

 「はい、そこで立つ!」
 「喋るな! あんたのセリフはつまらないんだから、黙ってればいいの」
 「動かない! ……もういい。椅子に座ってられないなら、もう、あんたは前に出てなさい」
 「声を作って!」

 これだけのことを言われながら、どうしてみな、腹を立て、逃げ出そうとはしないのだろう。

 通し稽古を見ながら、私は昨日のある風景を思い出していた。
 やはり参加者のある女性が、辛さのあまりだろう、「本番は来ません」と言いだした。
 その女性はもう何度もこのワークショップに参加してきているのだが、声が小さく、なかなかキャラクターを作ることができない。一見、暗めな外見なので、練習中に森田さんに「貧乏神」とあだ名をつけられてしまった。
 若い女性にしてみれば、とても耐えられないと感じてもおかしくない言われようだ。
 昨日の練習にも遅れてきていたので、彼女はまだ組み合わせも決まっていなかった。
 「もう出てもみなさんの足を引っ張るだけだから」とか細い声で言う。それを私や周囲のみんなで「何言ってんの!」と叱咤する。
 やはり何度も泣いて、一日バックレたこともあるオチ婦長ことあきこさんが、「私はどうなるのよ!」とどやしつける。
 私は私で、「今を逃したら来年はないかもよ! 森田の爺さん、死んでるかもしれないし、イッセーさん、撃たれてるかもしれないから」ととんでもないことを言う(とんでもないことを言われてるんだから、これくらい言い返してもよかろう。でも、聞かれてないことを祈る)。

 彼女は結局、最後のシーンに出演することになった。
 今日作られたばかりのチラシに、そのシーンのタイトルが書かれてあったが、それは『貧乏神』だった。


 通し稽古の最後のころには、早いお客さんもやってきている。
 その中に、父もいた。父が私が舞台に立っているのを見に来たのは、多分、小学生のころ、学校で落語をやった時以来のことだろう。
 「何も食べとらん」と言うので、しげ。がおにぎりを無理やり持たせた。
 練習中、おにぎりや弁当などの差し入れが結構あったのは、このワークショップが今年から、「芸術文化振興金助成事業」の一つに選ばれたからかもしれない。

 本番第一回目の時間が近づき、稽古は終了、みんながメイクを始める。
 私は特に森田さんから何も言われなかったので、スッピンだ。けれども、日曜日という設定なので、髪に寝癖くらいはつけようと髪を掻き上げたら、水木しげるの『悪魔くん』みたいになった。
 これは舞台で相方のKさんから「キューピー頭」と呼ばれることになる。若い方であるから、当然、『悪魔くん』なんて知らないのだろう。
 しげ。を稽古で「キャサリン」と呼んだ件の男性の方は、眉を〔クレヨンしんちゃん〕のように太くして、イッセーさんに「やりすぎ」とダメ出しをされた。
この時点でも、イッセーさんが我々にどう絡むのか、全く分からない。
 入場の仕方の練習すらしていないのである。

 そして、時間が来た。
 客席はもともと少なめであったが、ちょっと覗いてみると集まっているのは五、六十人ほどだろうか。イッセーさんの一人芝居ほどに宣伝はしていないので、こんなものだろうと思う(あとで森田清子さんが「もっと人に見てもらいたかったのに申し訳ない」と謝られていたが、充分だと思う)。
 スタッフの岡田さん作曲の、軽快だけれど少しばかり切なさの混じるテーマソングが流れ始め、何の段取りもなく、我々は舞台の前にズラリと並び、座った。


 前説で、イッセーさんが、「『社宅祭り』の参加者を募集します」と挨拶する。

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11月17日(金)
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