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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「嫌韓」に狂わされた女/『幻想に生きる親子たち』(岸田秀)
 > 「虐殺を見た人の証言を聞いた」というなら、その証人が本当のことを話しているとどうやって確認とったのかな?
 > もし、あなたが何らかの公的な書類をその目で見たことがあるなら。調査が適切に行われたのか、文書が捏造されてないか、検証しましたか?
 > どんな情報でも、自分が信じるだけならまだしも、他人にその情報を押し付けるのなら、その精度には責任を持つべきではないのかしら。 
 > あなたが信じているその情報、本当に正しいの?
 > そもそもなぜ「殺害」ではなく「虐殺」という表記なの?この表記がされている時点で、どちらか一方のバイアスがかかってると感じないのかな?

 論理のすり替えとはこのことで、ある事実に対して、それを「疑わしい」と主張するのなら、「その精度には責任を持つべき」なのは、疑念を呈した本人、つまりこのブログ主さんの方なのである。秦郁彦さんなんか、従軍慰安婦がホントに強制連行されたのかどうか、「自分が疑念を持ったから」、現地調査行ってるぞ? このブログ主さんはここでも開き直って「そんな面倒くさいことはしない」と嘯いて恬然としている。ほかにも興味のあること、勉強したいことがあるからと言い訳をするが、こんな態度の人間にマトモな勉強などできるはずもない。こういう「口先だけ野郎(女だけど)」が「嫌韓」連中には多すぎるのである(もちろん、もともと「親韓」も馬鹿ばかりだが、最近は「嫌韓」の馬鹿っぷりも目立ってきた)。
町山さんが「関東大震災時の朝鮮人虐殺は、『説』であって事実ではないらしい」と突っ込むと、「『朝鮮人虐殺がなかった』とは言ってないです」なんて言いやがる。
 言ってるだろうが、嘘つくなああああ! 疑ってかかるってことは「なかった可能性を主張する」ってことだろうがよおおおお!
 てめえ、「説」って言ってるのはどういう意味なんだよおおおお! 「説」ってのは、「一つの説であって事実とは断定しがたい」って意味なんだよおおおおお!
 ……ダメだ。こいつは日本語自体が不自由だ。自分が嘘を付いてるって認識自体が持てない既知外さんだ。
 で、この既知外、さらにいろいろ言い訳をした挙句、コメント欄が荒らされたことについて、こんなふうにこきゃあがった。

 > どこかの誰かさんのブログと違って、自分の商売の宣伝なんぞしとりませんし、都合の悪いコメント、イヤなコメントがついたら削除なんてしませんし、アク禁もしておりません。あげくの果てにコメント欄封鎖なんてことはやりません。
 > コメントの内容みると、本来は、ここに人を誘導している誰かさんのブログにコメント欄があれば、そこで意見交換されているはずの内容もかなり含まれているように思います。まぁ、ここのコメント欄、自由に使ってください。

 なんつーか、往生際が悪いって言うかよ、低レベルな皮肉を述べて、自分の無知についてはそっぽを向いたままケツまくって逃げ出しやがったんだな。
 自分から喧嘩吹っかけといて、旗色が悪くなると捨て台詞を口にすることを「負け犬の遠吠え」と称するが、何かその典型的な麗を見せられちゃったって感じだね。でもこいつ馬鹿だから、これで自分は勝った気になってるんだよ、絶対。

 思うに、町山さんもたとえどんなに腹が立ったとしても、こういう馬鹿は相手にしないで、無視しておきゃよかったよなと思うのである。
 どんなに意を尽くして説明したところで、人は結局、自分の思いたいようにしか物事を受け取らない。「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ」というのは確かに事実なのである。安易に「それでも私たちは信じている、言葉のチカラを」なんて軽々しく言っちゃいけない(笑)。言葉に力がないからこそ、それをあえて送り出す者の心の、受け取る者の心の「恐ろしさ」を、我々はそれぞれの立場で覚悟しなければならないのである。
 実際、この私の文章だって、マトモに理解してくれる人がいるなんてそんなおこがましいことは考えちゃいない。人間は「誤解しかしない」動物なのだ。同時に私も、誰かの気持ちが理解できたことがあるなどと、おこがましいことを言う気はサラサラない。我々は常にお互いに相手のことが「理解できた気になっている」だけである。


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02月27日(月)
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