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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■だから自分の立場に置き換えて考えてみろってば/『戦国自衛隊 関ヶ原の戦い』
 そういう事情だから、この小説は実は小説としての体を為していない。「あらすじだけ」と言ってもいいのである。だからドラマにするためには脚色がいろいろと必要で、これまでの映画でも、一つは伊庭三尉以外はその他大勢でしかないサブキャラにスポットを当てるという「忠臣蔵銘々伝」方式が取られてきた訳だが、今回の脚色は、そういう瑣末的なことよりも、物語の根幹自体を大きく変更することで、前二作よりもはるかに骨太でドラマチックな展開を作り出すことに成功している。
 時代設定を従来の織田信長の時代に設定せず、天下分け目の関ヶ原に移したこともスケールアップに繋がってはいるが、何と言っても大胆かつ最大の功績は、自衛隊自体を東軍=伊庭(反町隆史)と、西軍=嶋村(渡部篤郎)に二分させ、争わせたことだろう。原作は、自衛隊が戦国時代に呼ばれたのは、このパラレルワールド世界が、我々の知っている世界と“ごく近いが、微妙に異なっている”ため、それを歴史通りに動かす目的のためだ、という説明になっている。簡単に言えば、「世界の予定調和」のためだということだ。
 しかし今回のドラマ版はそうではない。自衛隊を敵味方に分けたために、予定調和のラインは崩れた。SF設定としては自衛隊のタイムスリップには「偶然」という原因以外にはなにものもなく、歴史の意志の介入もそこにはない、ということになる。だから、果たして伊庭は歴史を修復して現代に戻ることができるのか、それとも嶋村によって改変された歴史が紡がれることになるのか、予断は許さない、ということになるのだ。
 SF性は薄れたが、よりサスペンスフルなドラマになったことは間違いない。まあ、小早川秀秋が藤原竜也ってのはどうかと思うんだが、それもまあ好き好きの範囲内ってとこかな。長門裕之・津川雅彦が、『相棒』に引き続いて、本田正信・徳川家康に扮して兄弟共演しているが、こういうとき、長門さんがよりはしゃいでしまうのはよっぽど嬉しいんだろうか。そのあたりを「微笑ましく」見ると、この殺伐とした物語がちょっと「可愛らしく」見られるのである。

02月07日(火)
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