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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ミクシィの穴/映画『奇談(キダン)』
 結局、生活も含めて、しげは全般的に、「完璧でないとダメだ」と思い込むクセがあり、これが自分を追いつめてしまっているのだ。おかげで「どうせできないんだったら最初からやらなきゃいい」で、引きこもって何もしなくなってしまうのである。そういう自己暗示が、「舞台に立たなくていい」と思ったことで、少し解けたのだろう。「仕事自体がイヤ」と言っていた状態からは何とか脱却したようだ。
しげはともかくマイナス暗示にかかりやすい。その暗示は偶然解ける場合もあるが、殆どの場合、その「洗脳」は簡単には解けないし、しげ自身、心にブロックを掛けていっかな解こうとしない。天の声のように、洗脳解除が自然にやってくるのを待つのはいつになるか見当も付かず、その間、しげに振り回されることになる周囲にとっては、この状態は大迷惑なのである。何とかセルフコントロールできるようになってほしいのだが、昔からの「甘えんぼ」体質が抜け切れないので、いつまでも同じ失敗を繰り返す。
 私がしげに「仕事続けないなら出ていけ」と厳命したのは、いささかす厳しすぎるように思われる方もいらっしゃるだろうが、際限なく甘える人間に対して、表面上の優しさだけで付き合ってなど行けないのである。でも、暗示が解けて気が楽になったら、またしげの家事は適当になってきたんだよなあ。頼むからもうちょっと脳みそのシワを増やしてほしいよ、全く。


 仕事を終えて、キャナルシティへ、久しぶりに映画を見に行く。
 「ラーメンスタジアム」の沖縄ラーメン「通堂」で、「黒こがしおとこ味ラーメン」。なんだか凄いネーミングだが、こってりとんこつ味である。何を「焦がし」てるんだかはよく分からないが、スープ自体、油をそのままズルッと飲み込むような感触があるので、好みはかなり分かれるだろうと思われる。しげは「旨塩おんな味ラーメン」を注文、男でもあっさり味好きの人はこっちの方を選んだ方がよさそうだ。ちょうどサービス中で替え玉がタダだというので、二人揃って注文。あとでしげが「体重が増えてなくてホッとした」と言ってたが、だったら替え玉を頼まなきゃいいのである。庶民は「タダ」には弱いねえ。

 キャナルシティのシネマコンプレックス、先月から「AMC」が「ユナイテッド・シネマ」に買収されたために、「ユナイテット・シネマ キャナルシティ13」と名前が変わっている。内装も看板などが変更されているが、駐車場の無料割引が、これまでの2時間から3時間に延長されたのはありがたかった。たいていの映画が2時間を越えているので、これまではどうしてもアシが出ていたのである。
 更に配給の系列が変わったので、福岡には来ないと思っていた『奇談』や『銀河ヒッチハイク・ガイド』も急遽公開が決定した。今日はまず、『奇談』の鑑賞である。
 『新世紀エヴァンゲリオン』をご覧になったことがある方なら、使徒が倒されたあと、十字架状の光芒が立つのをご記憶されていると思うが、あのイメージのオリジナルが、諸星大二郎のマンガ『生命の木』のラストシーンである。庵野秀明監督が魅せられて流用したように、煎じ詰めれば、この作品のキモは、そのラストシーンを見るためだけにあると言ってもいい。問題は、さて、そこに至るまでの展開をどう持っていくか、という点にある。何しろ原作は30ページほどの短編だから、長編映像化にあたっては、かなりの力量が要求されるのだ。
 脚本も兼ねた小松隆志監督の演出、これは決して下手ではない。原作の主人公を男性から女性に変更し、かつて少女のころに物語の舞台となる「隠れキリシタン」の村で神隠しにあったとし、その時の記憶を取り戻すために再び村を訪れる、というのは充分に必然性のある設定になっている。主人公の佐伯里美を演じた藤澤恵麻、切実な表情を作るのがうまく、物語をよく牽引してくれている。しかし如何せん、原作に忠実に映像化されたラストシーンのインパクトが強いだけに、この「必然性のある設定」が「ありふれた設定」に見えてしまうことも事実だ。

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11月28日(月)
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