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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■肉体年齢はどうしようもないげど/アニメ『蟲師』第一話「緑の座」
だから安心して来週も『蟲師』を見ようね♪
先日購入した使い捨てのコンタクトレンズを初めて装着してみる。
見え具合はどうかというと、確かにちょっと遠くまではより見えるようにはなってはいるのだが、乱視までは矯正できていない感じで、焦点を合わせようとしてもどうしても「ちらつき」がある。メガネの時には画像がもともとぼやけていたから、その「ちらつき」も気にはならなかったのだが、見えるようになったことで自分が見えないことが自覚できるようになったという皮肉な結果である。
手元はやはり老眼が進んでいるのだろう、少し手元から離さないと文字も読めない、ふと気が付いて、裸眼、メガネ、コンタクトと、それぞれでどれくらい「近づけたら」モノが見えなくなるか、老眼の度合いを確認してみたのだが、概ね裸眼では5〜6センチ、メガネだと10〜12センチ、コンタクトだと15〜16センチより近くなると、もう見えない。読書の場合はコンタクトだとかなり手が疲れそうな気配である。もっと離れると今度はモノが小さくなって細部が分からないということになってしまうので、実際にモノがハッキリ見える範囲はかなり狭いということに気がついた。
まさかこんなに老眼が進行していたとは思わなかったので、正直ショックなのだが、これもまあ運命というものなのである。「40で目が潰れるかも」と言われたこともあるから、まだ持っているほうだよな、とマエムキに考えたいと思うが、となるとやっぱり目の見えるうちに本やら映画やら見ておきたいなあと目を酷使する方向にしか発想は向かないのである。
昨日のMRIの結果、しげが聞き損ねていたので、今日は見舞いに行く。
父の表情が何ともよくない。いつも思うことだが、隠し事ができない性格と言うか、察してもらいたいからバレバレの演技をしてしまう性格と言うか、聞く前からMRIの結果がよくなかったことがすぐそれと知れてしまう。
だからと言って、聞かないわけにはいかないから、「どげんやった? MRI」と聞くと、「悪かった。右の動脈硬化がもう50%くらいあるげな」と言って首を指差してみせた。「俺は左の方が悪かとやろうと思いよったとばってん、右やったけんね。左なら血が脳に回った後やから、何とかならんかなあと思うとったったい。それが右やけん……」。
何だか明日にでも死ぬか寝たきりになるかという勢いであるが、ここで「何とかなるよ」と言ったところで気休めとしか受け取らないことは分かりきっているので、「動けんごとなったらなったでしょうがないやん。運命やけん。みんないつかはそうなるっちゃけん」。
父も「70やけんな。糖尿になってから30年、よう持てたと思わないかんとやろうな」と腕を組む。
そのあとはまた姉の悪口になるのだが(苦笑)、「話はせんといかんと思いようとばってんがな。姉ちゃんは『げってん』やけんな」と思い切り博多弁が出る。ふとしげに「意味分かるか?」と聞くが、広島生まれのしげにはやはり全然分からない。と言ってもこれも他県人にはなかなか説明することが難しい言葉なのだが、ヘンクツとか意地っ張りとかヒネクレモノという意味で、言い方としてはかなりキツイのである。しかしキツイけれども博多の人間はちょっとしたことでも相手をこう非難することがよくあるので、腹蔵がないとも言える。自分が言われると怒るが、他人には平気でこういうことを言うという困った性格の人間は博多には多いが、父はその典型と言ってもいい。
退院後は姉と一席設けるつもりらしいが、波乱は避けられないような感じである。
読む本がなくなったというので、いったん病院の外に出でジュンク堂へ。
『銭形平次捕物控』数冊ほか、自分用の本も買い込む。しおり型の籤をくれたので、中を覗いてみると、それぞれがトランプのカードの体裁になっていて、ワンペアごとに「景品」が貰えるということであった。何がもらえるかと思っていたら、これが何と『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』上・下巻セット。だぶついてることがよく分かった(笑)。
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10月27日(木)
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