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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■父との遭遇/『D.Gray-man(ディー・グレイマン)』6巻(星野桂)
雑学はその信憑性においては眉唾的なものをかなりなパーセンテージで含んでいるものだから、それを前提として、知識としての真実性よりも「話のネタ」になる程度のもので構わない。唐沢さん自身も「雑学ブーム」については自分が仕掛け人の一人であるにもかかわらず「日本人にも知に対する好奇心がちゃんとある」とか「トリビアは真実である必要はない」とか、意見が揺れまくっていて、何が言いたいのかよく分からないくらい混乱しまくっていたのだが、おぐりゆかさんを「生徒」に選んだということは、ご自身の混乱自体もネタとしてエンタテインメントを仕掛けるだけの余裕が生まれてきたということなのだろう。それらのトリビアに関する発言の変遷も含めて読んでいくと、この本、めっぽう面白いのである。
だもんで、「青写真は冬の季語である」というトリビアについて、本文に書かれている通り、「変なもの」も多いので、そういうものは「実際には使われることが少ない」し、「入試にも出したら文句が出るので出されない」とか、「『馬鹿』という格言が中国発祥であるにも関わらず、現代の中国で通用しなくなっているのはなぜか」という疑問に対して「漢民族が一回滅亡してるから」というフォローはしなくてもいいことかもしれない。聞かれたら答えるけど、私の言ってることも眉唾だからね(笑)。
マンガ、田中圭一『鬼堂龍太郎・その生き様』2巻(集英社)。
1巻の感想を書きそびれてるうちに、2巻が出ました。いや、感想書いたからと言って、「ほう、面白そうだな、いっちょ買って読んだろか」と思う人がたくさん出てきそうなマンガじゃないんですが。ともかく、下品なギャグ、シモネタ、オヤジギャグ、ともかく下らなくてしょーもなくて、そのしょーもなさがかえって快感、なんて感じることのできるバカなアタマの持ち主でないと、これは楽しめません。田中圭一ですから。
社内抗争で平社員に格下げされた元役員の鬼堂龍太郎が、再び役員に返り咲くまでの闘争を描く……というのが基本コンセプトだというタテマエになっているけれども、実際はどんどん出てくる異常なシモネタキャラたちによって、鬼堂が翻弄されるのを笑って見る、という展開になっている……つか、それが最初からの狙い。原作者としてクレジットされている、実際に自分の降格をネタにビジネスジャンプにマンガ企画を売り込んできたという「古賀たけひこ」なんて人物は実在しないに違いない。
最近の田中圭一マンガについてはもう知ってる人は知ってると思うが、絵柄を手塚治虫、本宮ひろ志、永井豪、藤子・F・不二雄といった巨匠から拝借して、元ネタのネツレツなファンであれば激怒しかねない紙一重のギャグを展開してくれている。
こういうことを言うと、私の人格まで疑われそうだから本当は言いたくないのだが、手塚女性キャラどうしの「Hスポーツ」シリーズ、特に「ハメハメ川下り」が私は大好きだ。あと今巻新登場の鬼堂のムスメの萩菜(別名バギナ)が発明する危ないクスリの数々も。
それでも一応、これだけは言っとこう。
おいこら、そこの「ハメハメ川下り」でグーグル検索かけてきた通りすがりさんよ、俺は別にお前の同志なんかじゃねえから、間違っても「あなたもハメハメ川下り、いっぺんやってみたいとか思ってたんですね!」なんてメール、寄越してくるなよ。おりゃー、「くだらないギャグほどギャグの基本」と思ってるだけだ。
あと気に入ったギャグは、「執務室に閉じこもって『自叙伝アニメ』を製作している小泉首相」。アサハラショーコーか、おまいは。って、それをイメージしてるんだろうなあ。しそうだよ、あの人は。いやねー、小泉首相って中曽根さん以来、マンガにしやすいキャラって気がするよね。いしいひさいちのマンガでも一番生き生きしてるもの。
星野桂『D.Gray-man(ディー・グレイマン)』6巻(集英社)。
「ジャンプマンガは6巻越したら(連載1年を越したら)つまんなくなる」というのは実際にいくらでも例を挙げることができるジンクスだけれども、つまりは「1年以上連載が続くとは作者も思っていなかった」「だもんで、慌ててテコ入れの設定を考え出した」ってのが理由だったりする。
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10月23日(日)
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