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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■人間嫌いなわけではないのですが/『新暗行御史』第十一巻(尹仁完・梁慶一)
悪獣どもの母体・快惰天を辺境の地に追い詰めた文秀率いる聚慎軍。しかし最終決戦を覚悟した悪獣どもの反撃は激しく、聚慎軍は「絶対聚慎!」を叫びつつも逆に劣勢を強いられる。歴戦の英雄たちが次々と命を落としていく中、文秀の副官・阿志泰(アジテ)は一時的な撤退を進言するが、文秀は自ら突撃部隊を編成し、先頭に立つ。対峙した快惰天は少女のように美しい本体を現し、雷撃で自ら生み出した悪獣どももろともに聚慎軍を全滅させる。果たして文秀はこの戦いに勝利することができるのか。そして、この戦いの中、暗躍する阿志泰の本心はどこにあるのか。
梁慶一氏の緻密な作画はこの「快惰天戦」を圧倒的な迫力で描き出しており、さながらハルマゲドンを彷彿とさせる。しかしだからこそ文秀と元述(ウォンスル)しか生き残らない状況で、なぜ快惰天を倒せたのか、そこにも実は阿志泰の陰謀が働いてるのだろう、ということは予測が付くことではある。読者はこれが文秀の見る「過去の夢」であって、既に聚慎が滅亡しているという前提を知っているから、「このままではすまない」ことも分かっている。
この『新暗行御史』のストーリーの背景には、「人間は、真実を知ることを極力嫌っている」という作者の人間認識がある。これまで登場してきた主要キャラクターたちはみな一様に「目の前の現実」を認めようとせず、自分の作り出した妄想、幻想の中に生きてきた。フィリップ・K・ディック的というか『マトリックス』的というか押井守的というか、この作品はその発想において極めてSF的である。SFは、幻想にすがらなければならない人間の弱さを切なく描いてきたが、この『新暗行御史』の第一の魅力はまさにそこにあるのだ。そして、幻想が現実に打破され、謎が明かされていく展開はミステリー的であって、そこから立ち直って現実を認めていく人間の「強さ」が爽やかな感動、第二の魅力に繋がっているのである。
そして、これまで彼らに向かって「奇跡なんかない」と言い続け、現実を認識させようとしてきた文秀自身が今、「夢」に囚われてしまっているのである。ドラマ展開の流れから言っても、この「夢」から覚めたときが、文秀対阿志泰の最後の決戦のときとなるのだろう。
もちろんその前には「更なる悲劇の夢」を文秀は見なければならないわけで、これから先、どれだけ物語を盛り上げていけるのか、前巻までの「活貧党編」がちょっと低調だっただけに、ぜひ読者の心を切なくかつ熱く感動させてほしいと思うのである。
05月23日(月)
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