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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■多分、世界はいやになるくらい狭い/『アガペ』2巻(鹿島潤・石黒正数)
電車には乗客約580人が乗っていたが、夜までに乗客のうち計57人の死亡を確認、負傷者は440人に上っているという。57+440=497なら、残りの80人ほどは無事だったのかというとそうではなくて、夜になっても、 1、2両目に多数の乗客が閉じ込められたまま、救助活動が続けられているのである。
事故そのものの痛ましさはもう、言葉にしようもないのだが、やっぱり気に食わないのは、マスコミの報道のはしゃぎっぷりである。
既に「平成に入って最悪の鉄道事故」との報道がなされているが、台風や地震の規模の話とは違うのである。「脱線」の原因は、考えるまでもなく十中八九「人災」なのだから、事故が起きた事実だけで「最悪」なのは説明しなくたって分かる。屋上屋を重ねるように悲惨さを強調するのはただの「悪趣味」だ。
その「人災」についての情報も、事故が起きた直後からどんどん流されている。
曰く、「福知山線のATSは、旧国鉄時代の装置をJR西日本が独自に改良した『ATS―SW』と呼ばれる最も古いタイプで、運転士が赤信号を見落としたり、車止めに衝突しそうになった際しか、自動的にブレーキがかからず、カーブなどでの速度超過は防げない」とか、「事故を起こした高見隆二郎運転士(23)は、見習い期間を含め、過去に3度、オーバーラン等で訓告や厳重注意処分を受けていて、技術内容の点検や適性検査、心理テストなどを受講し、再び復帰していた」とか。
もしかしたらそういったことどもが事故の重要な原因であったのかもしれないが、ここまで早く断定的な報道がなされると、マスコミは本当に正確な情報を伝えているのだろうか、という疑念が沸いてくる。つまり、「ほかに原因がある場合」の可能性が見落とされてしまうのである。
ごく常識的に考えれば(悲しいことに私の常識がいつもいつも世間の常識と重なるわけではない場合も多いのだが)、事故の原因は、負傷者の救出の後、現場検証や生存者の証言などを聴取した後でなければ、簡単に結論は出せないはずである。すなわち、事故直後の現段階で、たとえどんなに信憑性、説得力のあるような原因が提示されたからと言っても、それは決して「憶測」の域を出るものではない。情報は常に早けりゃいいと言うものではないのだ。
しかしマスコミがしばしば「情報の正確さ」よりも「早さ」のほうを優先しがちなのは、「内容」よりも「スクープ」性にこそ価値観を置いており、世間もまたそれを求めていて、だからこそテレビは高視聴率を取ることができて、新聞は売り上げを増すと信じられているからである。でも「高視聴率」ったって、人気ドラマだって今時ゃせいぜい20%行くか行かないか、「スクープ」ったって、ニュースはどこの局でも報道内容は同じじゃないか。80%以上が見てるわけでもない「スクープ」にそこまで価値を置くっていうのはマスコミがやはり強迫観念に捉われてしまっているとしか言えないのではないか。
マスコミの現状は、言ってみれば、既知外の群れが「報道」という美名の下で「他人の不幸」を喜んでいる状況にほかならないわけで、テレビ新聞雑誌全て「東スポ」化していると言ってもよかろう。そりゃ、一誌や二誌が「東スポ」なら別に文句もないのだが、全部が全部荘なら、飽き飽きするってもんである。事故直後にコメントを発表する「識者」とやらも、ちったあ今喋るべきことかどうか判断しろよ。沢木耕太郎は「私が事件のコメントを全て断るのは、『分からない』からだ」とはっきり言い切ってるぞ。
マンガ、鹿島潤原作・石黒正数作画『アガペ』2巻(メディアファクトリー)。
1巻の表紙を見た段階では、「利他的で無償な愛(=アガペ)の持ち主」という設定の犯罪交渉人(ネゴシエーター)、一乗はるかの献身的な活躍を描く、というユメもキボーもあるミヤザキハヤオな展開になると思っていたのだが(だって絵柄も東映動画っぽかったんだもん)、なんかもう、とんでもない展開になってきました。
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04月25日(月)
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