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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■当人には悲劇、他人には喜劇/『夢幻紳士【幻想篇】』(高橋葉介)
もう一つ、さりげない台詞だけれど今回のお気に入りは、松山さんの息子に「おにいちゃん」と呼ばれてヒビキが「おじさんでいいよ」と答えるシーン。日常普通に見られるシーンだけれど、ドラマでこういうやり取りを描いた例は意外に少ない。たいていは逆パターンの、「おじさん」と呼ばれて「おじさんじゃない、おにいちゃんと呼べ」と「若さ」を強要する陳腐なシーンが描かれることが多いのである。つまりはヒビキが自ら「おじさん」であることを引き受けていることを端的に示した台詞であって、当然これは将来的に明日夢との師弟関係も暗示しているのであろう。なにより、子供にとっての「大人」が今の世に必要だと訴えるスタッフの姿勢も表しているように思える。ドラマだけじゃなくて、、現実の「おじさん」たちも、堂々と「おじさん」であることを引き受けてほしいものだけれどもね。
夜、8時半ごろ、またまた大き目の余震。
さすがに少しは雪崩れた家具や本類を片付けないと、と、床を片付けた矢先にこれである。今度もパソコンの前に座っていたしげの手の上に棚からDVDが落ちてきて直撃。でもしげは「いてぇぇぇぇ!」と大仰に騒ぐので、かえって悲壮感に欠けている。よけろよそれくらい。
それにしてもこの余震の数の頻繁さは何なのだ。今度の余震もかなり大きくて、マグニチュードは4.8、余震としては3月22日のM5.4に次ぐ2番目の規模、余震で震度4が観測されたのはこれで4回目だということである。西方沖の断層が活性化しているだけでなくて、福岡の地盤自体にあちこちガタが来てるんじゃないかね、これ。
そんな風に心配し始めると、余震以上の本震が来ることもあるかなあという疑惑をどうしても捨てられなくなる。地震以前から計画していた引越し、本気で考えなきゃならんかとも思うが、いかんせん夏場まではどうにも動けない。その間にデカイのが来ないことを祈るしかないのだ。
マンガ、高橋葉介『夢幻紳士【幻想篇】』(早川書房)。
『マンガ少年版』『リュウ版(冒険編)』『怪奇編』『外伝』(更には『帝都大戦』『学校怪談』のゲスト出演も)と続いてきた『夢幻紳士』シリーズの最新作。掲載紙は「ミステリマガジン」で、ついにミステリとしてきちんと評価されるところにまで来たか、と、第一作のころからのファンとしては感慨無量である。
「幅広の黒帽子、全身も黒服の男」というイメージだけが共通していて、作品ごとにひょうきんだったり純情だったりと変化して、作者自身からも「夢幻魔実也氏はそれぞれ別人」と言われてしまってはいるが、『怪奇編』の中盤あたりから、ジト目で煙草吸いで女たらしなイメージはだいたい固まっている(笑)。全く、何でこんな外道が女性にモテまくるのか、作者ならずとも、こんな陰険で卑劣でそのくせ妖しいくらいに美形なんてやつが現実に存在していたら背中から蹴り倒してやりたいくらいだ。
けれど今回の魔実也氏の最大の特徴は、彼が「実在していない」という点だろう。すなわち魔実也氏は主人公の“僕”の心の中にしか存在していない。事件が起これば“僕”の心の中から「出てきて」解決するのだが、それは“僕”がそのように思い込んでいるだけであって、現実には“僕”自身が行っているのである。
つまりこれはいわゆる「脳内探偵」ものなのであるが、本格ミステリとしてこれが秀逸なのは、やはりその「オチ」のつけ方だろう(もちろんネタばらしはしない)。
何と言うか、実に複雑な気分なのは、このネタ、そしてオチに至るまで、私ゃ昔から考えていたんだわ。つか、実際に戯曲にも書いた。その戯曲を元にして、もうちょっと洗練された形で書きなおしたいなあと思っていたら、「そのラストシーンに至るまで」そっくりそのまま、高橋さんにやられてしまったのである。いやもう、悔しいというかなんというか。
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04月10日(日)
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