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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■回想の『王立宇宙軍』
> 子供のころは水軍のパイロットになりたかった。ジェットに乗るには水軍に入るしかないからだ。速く、高く、空を飛ぶことは何よりも素晴らしく、美しい。
> でも、学校を卒業する2ヶ月前に、そんなものにはなれないってことを成績表が教えてくれた。
> だから、宇宙軍に入ったんだ。

 「だから、オタクになったんだ」
 このセリフをそう読み変えたからこそ(というか、それはもうバレバレであった)、「戦争を知らない世代」であるあのころのオタクたちは、同じオタクであるガイナックスの作ったこの映画に、すっかり感情移入してしまった。ノンシャランで無気力、好きなことをやってはいるが、それが世の中の役に立つことなのかどうか、果たして生きがいと言えるものなのかどうか、答えを出せないクセに、いっぱしの性欲だけはあるというダメ人間・シロツグは、まさに「我々」だったのである(多少、誇張表現は入っているので、みんながみんなそうだったとは思わないように)。
 こんなダメなやつを相手にしてくれる女なんて、宗教にハマッてるリイクニ・ノンデライコくらいしかいない(^_^;)。……ああいう雰囲気の、澄んではいるけどちょっとアブナい目の女の子って、あの当時は結構いたのである(今もかも)。私もちょっとだけ勧誘されかけたことあったなあ……「○理」とか「○○○の○」とか(~_~;)。シロツグとリイクニの「ダメ人間」どうしの、ベクトルが違っているためにどうしてもズレてはしまうのだが、どこかシンパシーを感じないではいられない微妙な関係は、オタクたちの陥っていたコミュニケーション不全の状況そのものであった。
 この「オタクである自ら」をアナロジーとして描く、という手法は、後に『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』『新世紀エヴァンゲリオン』と、ガイナックスの製作するアニメーションに悉く継承され、着実に「オタクによるオタクのためのアニメーション」路線を築き上げていくことになる。

 『王立』が製作されたのは1984年のこと。実際、当時の「オタク」のイメージはと言えば、宅八郎がその代表のように言われていたことでもお分かりいただけようが、ただ自分の好きなアニメ、特撮、フィギュアに入れ込んでいるだけで、「あいつらは何の生産性もなく、コミュニケーション能力もない、引きこもり型の気持ち悪いやつだ」、という偏見と憎悪に満ちた最悪のイメージでしか受け取られてはいなかった。
 今でもオタクのそのようなマイナスイメージが完全に払拭できているわけではないが(痛いオタクは実際にいくらでもいる)、少なくとも当時の、変態か犯罪者でも見るような目つきで見られ、毛嫌いされていたような状況はかなり軽減されている。……冗談ではなく、たとえ知人であっても、相手がノーマル(~_~;)な人であったら、「オレって実はオタクなんだ」とカミングアウトすることすら憚られていたのである(この状況は、1988年の宮崎勤事件を経て、1990年代半ばに至るまで続いた。「オタク」のイメージが必ずしもマイナスなものばかりではない、と世間的に認知されるようになったのは、もとガイナックス社長である岡田斗司夫さんの展開した「オタクエリート論」と、そしてガイナックス製作の『新世紀エヴァンゲリオン』の1995年から翌々年にかけての大ヒット現象によるところが大きい)。
 実際、当時のオタクたちに「何かが作れる」とは、誰も考えていなかった。いや、もちろん各大学のサークル、同人活動を通じて、マンガ同人誌や自主製作映画、アニメーションを作っていた連中はたくさんいたのだが、世間的な認知は今ほど高くはなかったのである。ガイナックスの前身である「DAICON FILM」のスタッフたちも、SF大会のオープニングアニメーションや『快傑のーてんき』『愛國戦隊大日本』『帰ってきたウルトラマン』などの自主映画を製作していたが、ファンジンの外にいる一般人たちにとっては、「あいつら何をバカなことやってるんだ」という目でしか見られてはいなかった。

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06月13日(日)
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