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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■トリビアン・トレビアン!/『濃爆おたく大統領』1巻(徳光康之)/『壁際の名言』(唐沢俊一)
例えばひと昔前の学校の先生だったら、たいてい引用していた宮澤賢治の「雨ニモマケズ風ニモマケズ」だけれども、「世の中一にも辛抱、二にも辛抱」と言ったニュアンスで語られたこの賢治のメモ(詩作ではないのだ)のラストが、「サウイフモノニ私ハナリタイ」で終わってることを知ったときには私ゃのけぞったものだ。これ、人生に挫折した賢治がメモ帳に書き綴った泣き言なんである。
まあ、他にもこの手の「実はこうだった」って名言のウラばなしはオトナになるにつれていくらでも判明していって、ゲーテの「もっと光を」は「部屋が暗いから明るくしてくれ」って意味だったとか、板垣退助は「板垣死すとも自由は死せず」なんて言ってなくてアレは記者の創作だったとか、枚挙に暇がない。
もしかしたら、「名言を残した偉人はいない」(おお、また名言っぽい)んじゃないかとまで勘繰りたくなるくらいである。
もっとも、この手の名言に頼りたくなる心情は随分多くの人にあるらしくて、油断をしてると、このトシになっても誰かからふいに「継続は力なりだよ」とか声を賭けられたりしてしまうのである。「名言の罠はどこにでも転がっている」。
私もたまに人から「あなたのモットーはなんですか」とか聞かれたりするのだが、そういうときはたいてい、四文字熟語でもあまり学校で教えてはいなさそうなものを選んで答えたりする。「綜芸綜智」とか「濯纓濯足」とか。「一陽来復」ってのもよく言ってたけど、桑田乃梨子さんのマンガ『一陽来福』(「福」に注意ね)で有名になっちゃったのであまり言わなくなった。でもって、意味は教えない(まあ、四文字熟語って見た目は堅苦しそうで名言っぽいんですが中身はたいしてないものも多いんですよ)。なにげなく人から聞いた知識なんて、すぐに忘れるものである。コトバを自分のものにしたいと本気で思うなら、自分で調べて使うしかない。使う気もないのに質問してくるやつに懇切丁寧に教えてやるほど私は親切ではない。
だいたい、この「あなたのモットーはなんですか?」と聞く人の神経がよく分らないのだ。アンタは人生の曲がり角に立つごとに箴言を必要とするほど、しょっちゅう苦悩しているのかと。なんだか不幸ぶりっこしてるように思えて、いけすかないのである。
ことほどさように「名言」などというものは胡散臭く、役に立つのか立たないのかわからぬ鵺のような存在である。「急がば回れ」&「善は急げ」などのように、急ぐのか急がないのかどっちだよ、と我々をかえって混乱に陥れるような格言もある。出自はいかにも立派であるのに、その中身は正体不明ないかがわしさに満ちた、妄言に近いものも多い。
そんなのに比べると『壁際の名言』に集められている「名言」は、出自からしてもともといかがわしい。
巻頭の「私を見なさい。無一文から身を起こして、独力で今の極端な貧乏にまでなった男だ」のセリフを言ったのは、グルーチョ・マルクスである(正確には次のようなセリフ。“Three years ago I came to Florida without a nickel in my pocket. Now I've got a nickel in my pocket.”「三年前、私は無一文でフロリダにやってきた。今、私のポケットには一文ある」映画『ココナッツ』ミスター・ハマーのセリフより。唐沢さんのケアレスミスだが、引用元はちゃんと明記しておいてもらいたいものである)。
実に「応用」の効くセリフで、M君事件があってオタクが世間から極端に嫌われていたころに、「私も昔はしがないオタクだったけどね、努力して素敵なオタクになれたよ」と言って、女の子に引かれまくったものである。人に嫌われるとわかりきってるジョークを飛ばすものではないな(^_^;)。
まあ、今のような使い方はイマイチだが、「貧乏人」「オタク」の部分を一般的にマイナスイメージで捉えられているものに置き換えて使用すると、実に皮肉の効いた警句になるのだ。
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07月16日(水)
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