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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■御乱心!……って、マジなんですけど/『オタクの迷い道』(岡田斗司夫)ほか
 ともかく、どんなことをされてるのかを詳しく聞く。それから「陰口ぐらい気にするな」とか「イヤな態度を取られるのなら無理して付き合うことはない」とか、「陰口に負けたくらいのことで会社辞めちゃうなんて損だよ」とか、いつのまにか自分の仕事を中断して、人生相談を始めているのである。
 いや、その程度ならまだいい。なかなか泣きやまない彼女を持て余して、気がついたら、「君がいないと、会社も寂しくなっちゃうよ」とか、「君がいなくなっても悲しむヤツはいないなんて言うな。少なくともオレは悲しい、それは確かだ」とか、聞きようによっては口説き文句みたいなことを口走っているのだ。
 やばい……( ̄∇ ̄;)。
 いや、別にこの程度のことで私とその子の間でナニがナニしてナニになるとは思わない。私は中年である。しかも「冴えない」とか「しがない」とか「むさくるしい」とか、そういう形容詞が上についたほうが似合うようなナリなのだ。
 でも、私のその場限りの激励にもそれなりの効果はある。ようやく「明日も……会社に来ます」と言ってくれた彼女のその顔には、明らかに私への感謝の表情が浮かんでいたのだ。
 これがきっかけになって、必要以上に私が慕われたりしちゃったりなんかして、仮に例えばもしも万が一、「今度、藤原さんのお宅に遊びに行ってもいいですか?」なんて言われたら、しげに何と言われることになるか。
 いや、これは私の妄想ではなく、たまにそんなこと言ってくる若い子が実際にいるのだ。職場は職場、私生活は私生活で厳密に分けておきたいのだが、若い連中の面倒を見て行く過程においては、そうもいかない場合もある。面倒は見るが期待はするなという線引きをちゃんと引いておかないとマズいのである。
 読者諸君はここから何か胡乱な展開があるんじゃないかと期待する向きもあるかもしれないが、そういうことは絶対ないので煽らないようにね(~_~;)。


 岡田斗司夫『オタクの迷い道』(文春文庫・620円)。
 単行本買ってるけど、こんなに特典が付いてたんじゃ、買うしかないですねえ。単行本のときは、表紙のモデルさんがあのインリンだとは気づいてなかった(日本全国で、「あれは『インリン』じゃなくて『インラン』だな」という寒〜いオヤジギャグを思いついたヤツが五万人はいると思われる)。当時はイケてないキャバクラ姉ちゃんみたいだなあ、とか思ってたのに、こんなに売れるとはねえ。かと言って好みになったわけじゃないんだが。

 唐沢俊一・宮脇修一両氏との対談は、なんと87ページにも及ぶ。しかもその内容の濃いことと言ったらもう(_△_;)。
 対談中に「我々は薄い」発言があるが、もちろん全てのオタク情報を知識として仕入れることなど不可能なことを認識した上での発言である。
 岡田さんや唐沢さんが若いオタクに向かってよくする「こんなことも知らないのか」発言にカチンと来て「自分はどうなんだよ、おまえらだってこんなことも知らないし薄いじゃないか」と難癖つけたがる人は結構いるようだが、オタクとしての「濃さ」ってのは、単に知識の多寡にあるのではない。手に入れた情報が、自らの価値判断のフィールドの中でどのような位置に属しているのかを分析できる「能力」、更にはそれを社会的な価値判断の中にも反映させていける「表現力」を言うのであって、ただ単に知識があるだけでは、そりゃ、ただの「知ったかぶり」でしかないのである。
 某掲示板の定連さんなんかみんなそうだからなあ(-_-;)。
 唐沢さんの「オタク」を標榜するスタンスも、この対談や最近の日記を読んでいると、少しずつ変わってきているなあ、と思う。『オトナ帝国』を誉めていたころには、まだ世代間を越えたオタク的知識の伝達がありえるのではないかと考えておられたようだが、何だか最近は若い世代の無知無教養ぶりに諦めがちのようだ。
 私はもう「『オトナ帝国』は万博世代以外には本当には分らない」と思っているし、30代以下の人間の『クレしん』に対する面白がり方は総じてウスいなあと寂しく感じているのだが、でも「実体験」のないヤツに想像力で補えと言っても限界があることは仕方のないことなのだ。

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03月06日(木)
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