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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■最上の味と最低の映画/映画『恋に唄えば』/『ブラックジャックによろしく』3巻(佐藤秀峰)
いかにもありがちなシーンで鼻白んじゃうけど、このときのユミの顔がいかにもバカっぽくて「幸せ〜」なんてナレーションも入ってるから、これはまあ、ワザとなんだなと許せはする。でもこのユミを「バカ」に見せたいのか「可憐な女の子」に見せたいのか、どうも演出が甘いのだ。「金子修介は女の子を描くのがうまい」という評価も一部にはあるようだが、それも錯覚だと思うな。ありきたりなイメージの中身のないスカスカな女の子しか描いたことないよ。『ガメラ』の長峰が魅力的に見えるのは、演じた中山忍本人がよかったから。
いや、女の子の描き方だけじゃない、幸せ絶頂のユミにサトルは突然別れを切りだすんだけど、次のカットは横っ面に水をぶっ掛けられ大雨の中、ずぶ濡れになってるユミ(このときも下着が透けてない!)。
あの、サトルは「別れてくれ」と言ったあと、どうしたの? そのまま逃げたの? それはユミが雨に濡れる前、後、どっち?
あとの展開から、サトルは決してユミを嫌って別れたわけではなかったということがわかるから、当然、濡れる前なんだろうけれど、ここは「別れたくて別れたいわけじゃない」というサトルを描写しないと、観客はこの恋を実らせていいのかいけないのかそれすらわかんないんだよ。だいたいついさっきまでユミ、ただのバカにしか見えてないんだし。ロマコメつくりたいんでしょ? だったらヒロインに向かって「頑張れユミ!」って客が応援したくなるような演出しないでどうするよ。
この段階でユミやサトルに感情移入できる人がいたら、その人は相当思いこみが激しいタイプだね。近寄らない方が無難である。
ここだけじゃなくて、徹頭徹尾、金子監督には映画を見るための指針を観客に与えるという、初歩的な演出すらできていないのだ。
失恋のショックから、勤め先のデパートでも失敗ばかり重ねてしまうユミだけれど、「大アラビア展」の催事場で、“願いごとをかなえる壺”を発見して、思わず「願いごとをかなえてよ」とつぶやく。煙とともに壺の中から現われるアラビア衣裳(でも顔はどう見ても日本人)の中年男(竹中直人)!
……竹中直人についてはどうにもミスキャストなんだけれど、どこがどうかって言い出したら「全部」ってことになっちゃうから、あとで部分的に詳述しよう。まず登場シーンでユミからも「どう見てもただの日本のオッサンじゃないの!」と突っ込まれるギャグが自虐ギャグ・楽屋オチとしても全然利いていない。
壺男(「壷次郎」と名乗るシーンがあるが、ラストのテロップは「壷男」)は、ユミの願いごとを一つだけかなえると言う。信用しないユミは「今すぐラーメンが出せる?」と聞くが、壷男は本当にラーメンを壷から出してしまう。慌てたユミは、「願い事を変えて!? やっぱりエルメスのバッグをちょうだい……ううん、別れた恋人を取り戻したいの!」と本音を。ここで先の指針が見えていないことがもうひどいマイナス要因になってしまう。ユミのこのワガママに全く感情移入ができないのだな。
壺男は安請け合いをするけれど、どうも様子がおかしい。実は「人の心を変える」願い事だけはしちゃいけないことになってるのが後で判明するのだが、それも「まずはサトル君に会おう!」と慌てる壷男の様子から見てる客には歴然。ユミにだけそのことが分らないのはやはりご都合主義で、彼女がますますバカにしか見えてこない。だからヒロインの描き方間違ってるってば。
サトルの家に着いたものの、家政婦さん(石野真子!)は「サトル様はオーストラリアへ旅立ちましたよ、まるで何かから逃げるように」と伝える。このときの石野真子の演技は臭すぎず真実味があって、さりげないけど名演。けれど、「ホントは別にサトルは逃げてるわけじゃない」という描写が事前にないからホントにサトルがユミから逃げたように見えるんだよね。これも演出の失敗。
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11月22日(金)
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