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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■あのころ/『コミック1970』
旧作の収録が多い中、畑中純の新作『1970』は太陽の塔の周囲を三島由紀夫、高倉健、エルビス・プレスリーが取り囲む表紙で始まる。けれど、当時二十歳の畑中さんにとって、万博の狂騒は時代の一風景でしかなかった。岡本太郎を「好かん」とけなし、それでいて「なんかある人やろうのう」と一定の評価を与える。いかにも「インテリ崩れ」なカッコつけだが、そういう人は昔も今もいる。「青い」人間はいつでも自分の評価が絶対だと信じ、しかし社会の中では名もない一私人に過ぎない事実とのギャップに悩み、ヤケになるのである。
そういう傲慢と変わらぬプライドを持たないごく普通の庶民はただ単純に時代に流されていく。
1970年、各メディアは盛んに万博を題材に使ったが、そこに宣伝以外のものを見出すのは困難だった。
アニメ『サザエさん』は前年始まったばかり。磯野家はよっぽど裕福だったのか、家族全員で万博に出かけ、動く歩道に驚いていた。
『ガメラ対大魔獣ジャイガー』でジャイガーは万博会場を目指したが、ガメラに阻止された。
それはみなただの「風景」である。その時代にだけあるものだが、そこにそれがあることの意味を見出そうとしてもそれは徒労に終わるだろう。
当時リアルタイムでマンガに万博が登場した例と言えば、水木しげるの『千年王国』だが、ブータンのパビリオンで「悪魔」ベルゼブルと「魔女」が新たな「魔女造り」にいそしんでいたように、万博が「虚飾」の祭典であることを、水木さんは見抜いていたのだろう。
残念ながら水木しげるの作品は今回収録されていない。次号にも載らないようである。手塚治虫はこのころ時代の影響を受けつつ時代から逃げたマンガばかり描いていた。もう少し、水木作品のような時代と切り結んだマンガを収録してほしいものなのだが。
11月06日(水)
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