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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■また買ったぞDVDBOX/『墨汁一滴』『ボクのらくがき帖』『石ノ森マンガ学園』(石ノ森章太郎)ほか
 「よほど自信がないとあの線は描けない」と評したのは藤子Fさんだったと思うが、マンガのみならず、生物や人物の素描においても、その直観的な対象把握能力は発揮されたのであろう。
 オードリー・ヘプバーンや、ジャン・ギャバンの素描など、精密なデッサンもあればラフなやつもある。実際にマンガに使えそうなキャラクター化したものもあれば、アート風なものもある。まるで一つの対象からどのようなデフォルメが可能であるか、あらゆる方法を試そうとしているかのようだ。
 ……私もやったのよ、へプバーンは何枚も。
 やればやるほど、似ねえ似ねえ(^_^;)。
 必ずしもうまいとは言えないデッサンも多いが、その全てに感じられるのはマンガに対する情熱だ。
 線を一本引く。その線がつながる。やがて線が形をなし、人になる、家になる、山になる、風になる。
 この無から有が生まれて行く過程が、まさしく自分の手によって紡ぎあげられているのだという快感を一度味わったら、絵を描くことが(たとえヘタでも)好きでたまらなくなる。
 その思いが伝わってくるのだ。この画集からは。
 ちょっとくらい値段が高くたって、へっちゃらだい(ホントか?)。


 今日は石ノ森三連発。
 石ノ森章太郎『石ノ森マンガ学園』(集英社/ホーム社漫画文庫・700円)。
 石森章太郎は、マンガ入門書を何冊も描いている。
 もちろん、それは手塚治虫の『漫画大学』などの顰に倣ったものだろうが、昭和40年代までの一時期、マンガ家を目指す者にとって、石森さんの『マンガ家入門』、『続・マンガ家入門』は、手塚さんの諸作以上の「バイブル」であった。
 もちろん、私も、学校の図書館にあった『マンガ家入門』をページが破れるほどに熟読した(破んなよ)。
 私も手遊びにマンガを描いたりするが、よく「高橋留美子に似てる」とか言われてるけど、ベースにあるのは石ノ森章太郎であり、永井豪なんである。
 藤子・F・不二雄さんが当時マンガ家入門書を描いていたら、そちらにもハマったと思うが、残念ながら『藤子不二雄漫画ゼミナール』を藤子さんが描くのは昭和50年代に入ってからである。しかも、質・量ともに、とても石ノ森さんの労作に及ぶものではなく、ガックリしたものだった。
 何より、情熱が違った。
 単に「マンガの絵が描ける」というレベルの問題ではない。
 プロットの立て方、ストーリーの組み立て方、構図、コマとコマの間、後に夏目房之介・竹熊健太郎が分析していくマンガの心理的効果を、自作の『竜神沼』などを例に使って、微に入り細に入り詳細に説明してくれていたのだ。
 今でも、マンガ家入門書みたいなものは色々な形で発行され続けている。けれど、例えば私が『コミッカーズ』にいまいちハマれないのは、そこに「テクニック」重視のあまり、マンガにおける「ドラマ」とは何かって要素が欠落してることが多いからだ。
 石森さんの技法は、今の眼で見ると稚拙に見えるかもしれない。
 けれど、我々マンガ少年は、何よりあの昭和40年代、石森さんの「新しき人目覚めよ」のコールに魂を揺さぶられたのだ。
 「この本を読めば、マンガ家になれる」、ではない。

 「この本を読んで、マンガ家になろう」、みんな、そう思っていたのだ。
 実はまだ思い続けている(^_^;)。

 この本は、『マンガ家入門』のさらにその後、「少年キング」に連載されたものを単行本化したものを、30年ぶりに新編集して再刊したものだ。前著ほどにページが与えられていないせいか、やや薄味の印象があるが、それでも『佐武と市捕物控』や『さるとびエッちゃん』など、自作を使った作品分析は貴重である。
 特に『サイボーグ009』ファンには、その設定資料が紹介されているのが必見だろう。


 マンガ、水木しげる著、京極夏彦監修・装幀、ラルフ・マッカーシー訳『バイリンガル版 ゲゲゲの鬼太郎』2巻(講談社インターナショナル・998円)。

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02月22日(金)
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