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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■アホがアホを教育したってねえ/アニメ『七人のナナ』第7話/『鉄鋼無敵科学大魔號改』(唐沢なをき)ほか
 おかげで「ネタが古すぎるのだっ!」てのがギャグとして利かないんだよなあ。これだけはこのマンガで唯一白けたギャグなんだけど、これは北海道出身の唐沢さんにはムリな話だろう。不得意な分野でギャグをかますもんじゃないってことなんだよな。
 考えてみたら、九州に生まれて何が得だったかって、関東と関西の番組が両方見られてたってことなんだよな。関東の落語も関西の漫才も子供のころから日常だった。『シャボン玉ホリデー』と『藤山寛美の3600秒』を同時期に見られてたんだもんねえ。
 もしかして東京でも見られてた関西の番組って、マンザイブーム以前は『てなもんや三度笠』くらいのもんじゃなかったのかなあ。藤田まことだけはしょっちゅうクレージーキャッツの映画にゲスト出演してたし。
 藤田まことと中尾ミエが婚約者同士で出演した時は東京・大阪・九州の笑いが揃い踏みしたことになるんだが、当時はお笑いの中に自分が入れられるのはイヤだったろうな、中尾ミエ。
 ……なんか、唐沢さんのマンガとなんの関係もなくなってきたからこのへんでやめよう(^o^)。

 
 マンガ、西岸良平『西岸良平名作集 蜃気郎V』(双葉社・300円)。
 3巻で完結か。
 せっかく新登場させた蜃気郎の妹、黒猫やまとが3話だけしか出てこないってのがちょっともったいない感じだけど、ダラダラ続いてもつまんないからこのへんが妥当なとこか。
 それにしても「黒猫やまと」ってネーミングセンスはなんとかならんのか。「蜃気郎」がよくできてるだけに、このいい加減さがちょっとガックリくるんだよね。まあ、それが西岸さんらしいとこなのかもしれないけれど。


 高木幹夫・日能研『自分の子供は自分で守れ 「学力」ってなんだろう 日能研はこう考える』(講談社文庫・580円)。
 なっげータイトル。土曜ワイドか(^^)。
 こういう副題がやたら長ったらしいのは、たいていの場合、読者・視聴者を「これくらい説明してやらないとわかんないだろうな」ってバカにしてるので、たとえその中味がどんなに胸を打つものであったとしても、あまり信用しちゃイカンのである。
 ……とは言え、「円周率3.14が『およそ3』になる」キャンペーンを張った日能研、一気に「日本人の学力はどうなるのか?」と煽りたてて反作用的に「塾の必要性」を訴えることに成功しただけのことはあって、その辺のホンネはあまり表に出してない。
 そのへんが巧妙っつーか、ちょっと卑怯だ。

 中学までで教育は終わり、とする「完結教育」を選ぶか、中学は高校、ひいては大学進学のための準備、とする「進学準備教育」を選ぶか、今の親たちはそれを考えてない、とこの本の作者は述べてるが、親たちにそういう選択を任さないようにしてきたシステムについては、塾である日能研にも責任の一端があるのではないかねえ。
 だいたい、親が「義務教育だけで教育は充分」と考えてる実体が、この日本の家庭にどれだけあるというのか。「円周率問題」では、生徒の学力低下を危惧する世論に追いたてられるように、文科省は「教科書の内容は最低ライン」と苦し紛れの言い訳をしたが、それで「あ、子供はこれだけ勉強したら、それ以上やらなくてもいいんだ」と納得した親なんていなかったぞ。

 学力が低下したって、生きて行く上で困ることなんて、別に何もない。
 しかし、日本の親たちはみんな、そんなふうには考えなかった。
 「せめて高校だけは出ておかないと」。
 「高校卒業の資格がないと、就職もできないぞ」。
 「中卒なんて恥ずかしい」。
 「たとえその教育の中味がどんなに社会的に無駄なものであろうと構わない、子供を高校・大学と進学させたい」。
 そう考えたのが日本の親たちのホンネであるのだ。
 2、30年前なら、そのへんにザラにいた、「別に高校の資格なんていらない商売をすればいいじゃないか。屋台引けよ屋台」ってな発想で子供を教育してた親は、今や日本のどこにもどこにもいなくなってしまった。

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02月21日(木)
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