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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ファンタジーの地平に/映画『ハリー・ポッターと賢者の石』/『バイリンガル版 ゲゲゲの鬼太郎』(水木しげる)
一番努力してるのに、結局おいしいとこはハリーに持ってかれちゃうんだもの。なんかねー、『エヴァンゲリオン』の惣流・アスカ・ラングレーがさあ、どんなに努力してもあのバカシンジに届かないときの口惜しさっつーか、『ガラスの仮面』で姫川亜弓が「所詮私は努力してるだけ、天才なのはあの子、北島マヤ」と歯噛みしてるシーンを思い出してさあ、少しはハーマイオニーに気を使ってやれよ、せめて最終対決のシーンでは、ハリー、ロン、ハーマイオニー、三人揃って悪い魔法使いに対抗させろよ、と言いたくなっちゃったもんね。
この三人の間柄も定型だよなあ。
トム・ソーヤーとハックルベリー・フィンとベッキーというか、コナンとジムシィとラナと言うか。するってえと、ハグリッドはダイス船長か。
となると、宮崎駿がこの『ハリポタ』を見てどんなことを言うか、ちょっと聞いてみたいように思うが、おそらく『スター・ウォーズ』をこき下ろした時と同じようなことを言うんだろうな。
曰く、「人種差別映画」と。
メタファー変えれば、これ、「ボクは黒人だけど実は白人だったらいいな」物語だもんね。ディズニーがそうであるようにね。
しかし、その宮崎駿が大っ嫌いなタイプの映画を見にいく人間は、おそらく『千と千尋』に行く人間と、大半が重なってると思うんである。宮崎さんも、「『ハリポタ』ヒット」の報には複雑な心境かも知れない。
しかし、ファンタジーなんて見たこともない、という初心者には、この程度のスタンダードであった方がとっつきやすかろう。
「『ハリー・ポッター』おもしろかったあ!」という女の子がいたら、「もっとおもしろい本、教えようか?」と言って、ル・グィンの『ゲド戦記』を読ませてコマすっちゅう手はあるし(と言いつつ完結編、まだ読んでねーや)。
あ、もちろんJ.R.R.トールキンの『指輪物語』や、C・S・ルイスの『ナルニア国物語』『別世界物語』、ジョージ・マクドナルドの『リリス』などてもよいです。
リリアン・スミスが主張するように、ファンタジーは作品の構造なのではなく作者の思想・人格とイマジネーションに起因するものなのだ。多分、ローリング女史よりは彼ら・彼女たちのほうがより深い洞察を人間に対しているとは思う。
帰宅して間もなく、宅配便。
しかも結構かさばる大きさ。
んなもん、何も注文した覚えがないので、なんじゃらほいとラベルを見ると、「エアーベッド(ダブル)」の文字。
……何、これ?
思わず、しげの方を見る。
「通販で買っちゃった、てへ(はあと)」
「『てへ(はあと)』……って、いくらしたんだよ!」
「高くないよ、○○○○○円」
「高いわあ!」
全く、人にDVDだのなんだのとムダ遣いするなと、散々うるさく言ってやがるクセに、自分が買い物する時は相談もなしかよう。
あ、あの、一つ注意しておきますが、しげが「ダブルベッド」を買ったからと言って、そこに「深い意味」を感じ取ってはいけません。
しげはただ単に、「自分が広い布団で寝たい」。それだけです。
それだけなんですよ。
とほほ。
(T^T)(^T )(T )( )( T)( T^)(T^T) ヒュルルルル……。
マンガ、水木しげる著、京極夏彦 監修・装幀、ラルフ・マッカーシー訳『バイリンガル版 ゲゲゲの鬼太郎 GeGeGe−no−Kitaro』(講談社・998円)。
一時期、マンガの英語訳が流行ってたが、ああいうのは実際に海外でどの程度出版されたんだろうか。士郎正宗なんかが海外でもカルトな人気、とか聞いたりはするけれど、「ほかのに比べりゃ」みたいなレベルらしいし。
日本のマンガはやはり独自の発展を遂げて独特の文化を作り上げている。それに直に触れる機会が多くあって、馴れていなければ、読んで楽しみ、正当に評価することは難しいだろう。
それが、いきなり『鬼太郎』である。
水木しげるがアメコミ調のマンガを描いてたのは貸本時代までだ。『鬼太郎』を少年マガジンに描くころには、もう、あの独特な飄々としたセンにかなり近くなっている。
英訳されたのは『ゆうれい電車』に『大海獣』。
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02月02日(土)
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