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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■食事中には読まないで下さい。/『ラーゼフォン』1巻(百瀬武昭)/『増量・誰も知らない名言集』(リリー・フランキー)ほか
ああ、いや、一応「クオン」って美少女キャラがいるにはいるけど、デザイン的に燃えないっつーか、どのキャラも似たり寄ったりにしか見えなくてさ。
百瀬さん、キャラの描き分けがうまくないぞ。女の子キャラが髪型だけでしか区別出来ん。まずい絵じゃないけど、もうひとつ、華がないよなあ。
アニメの方のキャラデザインは山田章博だってことだけどどんな出来なのかなあ。福岡じゃ木曜の夕方4時25分(東京じゃ月曜だそうだが)からの放送なもんで、『七人のナナ』を仕掛けている私は、まだ見たことがない。
ううむ、誰かアニメの方見てる奇特なやつはいないか。
マンガ、あさりよしとお『HAL はいぱあ あかでみっく らぼ』2巻(完結/ワニブックス・840円)。
単発の連載が増えてきたなあ、あさりさん。長期連載する気力が続かなくなって来たのかなあ。『カールビンソン』が再開される気配もないし。
『HAL』もネタ的にはもうちっと続けようと思えば続けられるネタではあるのだ。3巻くらいならキリがいいのに2巻となるとやっぱり打ち切りか? と勘繰りたくなる。
別につまんないネタじゃないと思うんだけど、あさりさんの作風って、どこか若いころの立川談志に似てるのな(←乱暴)。客イジって遊んでるとゆーか、客の無知をさらけ出してものわらいにするとゆーか。
まあ、バカにされて喜ぶ自虐的な客ばかりじゃないから、「何様のつもりだよ、エラソウにしやがって」と反発する客も出てくるのは自然の流れだ。それが、あさりさんにSFファンはついても、メジャーになりきれない理由だろう。
でも、あさりさんのようなSFギャグを真っ向から描いてくれるような作家さんがくすぶってるってのは、SFの裾野が意外に狭いことの証拠だって気がするのだ。
当たり前の話だが、SFのパロディはそれ自体、SFになっていなければならない。永井豪しかり、吾妻ひでおしかり、とり・みきしかり。先達たちが役目を果たし終えたかのようにリタイアしている今、あさりさんをもっとプッシュしてくれる出版社はないもんだろうか。
近代科学が錬金術と密接な関係を持って発達してきたことは周知の事実だ。
合理主義の象徴のごとく語られがちな科学が、意外にいかがわしいのは、例の大槻教授を例に出さなくても、知ってる人には自明のことなんである。
擬似科学と科学の境界線なんて、専門の科学者にだって区別できないのではないか。つーか、あんたがエセ科学者でない証明なんて出来るのか? そうあさりさんは「科学」そのものに対して挑戦状を突きつけているかのようだ。
冒頭の「冷凍睡眠技術」の胡散臭さ、あさりさんはギャグに仕立ててるけど、これって、「科学」の名のもとに合法的に行われてる殺人なんだからね。
現実に治療不可能な病気にかかって、コールドスリープ状態に入ってる人々はたくさんいるらしいのだが、彼らを蘇生させる技術は現代科学にはない。つーか、「死体を蘇生させる」技術が発明されない限り、それは不可能なんだよね。冷凍させてる段階でみんな死んでんだから。
そんなん科学でも無理だろう、と常識的にはそう判断しちゃうんだけれど、それが「科学」という言葉の持つ魔力だ。「未来の科学技術に期待する」……つまりは「科学はどこまでも進歩する」「いつかは全ての病気が治療可能になる」という根拠のない願望……いや、「信仰」だね、それに基づいて、嬉々として彼らはコールドスリープについたわけだ。
今でも科学は庶民にとっては錬金術なんじゃないか?
私だってパソコンの仕組みなんか全然知らないのに、こうして使ってるし。魔法の箱と変わりゃしないがね。
このマンガのラストで、博士が「21世紀になったのになア…なんか科学の力は行き詰まっているよな」と切なく呟く。科学の発達は同時に科学の化けの皮がはがれていく歴史でもあった。
宗教にハマった人間があるときふと、「今まで自分は何をやってたんだ?」と目覚めるように、結局は科学も人の心が作り出した「夢」に過ぎないことがわかってきたのだ。
それでも、我々は「科学」に一縷の「夢」を見る。
オウム信者が「それでもグルの思想自体はスバラシイ」と言い張るように。
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01月26日(土)
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