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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■おトイレの音入れ。つまんないシャレですみません/『ほんの本棚』(いしいひさいち)/DVD『ゴジラの逆襲』ほか
これって、『銀河鉄道の夜』を猫キャラでアニメ化した杉井ギサブロー(っつーか、ますむらひろし)にも共通する奇抜なアイデアなんだけれど、それが成功したかと言われると、うーん、と首を捻らざるを得ないのである。
「この映画は普通の演出では映像化できない」。これは誰でもそう思う。
だから普通は諦める。あるいはそんなんどうでもいいや、で強行する。日本映画の監督の大半はそんなバカだから、駄作ばかりが量産されるのは当然のことだ。けれど、金子さんはそこでいつもアクロバットなワザを披露してくれるのだ。
そのチャレンジ精神自体は歓迎したいことなんだが、たいてい着地に失敗するんだよなあ。『咬みつきたい』なんか、緒形拳が吸血鬼やるんだよ。「そのミスキャストが面白い」って、「ミスキャストはミスキャスト」だっちゅ〜に(-_-;)。
こんどの『GMK』(って言うんだって)も、多分、今までの金子作品同様、どこかが外れているのだ。それをどう評価するかってところなんだろうなあ。駄作になる方法をあえて取って来た今までのゴジラシリーズと一線を画するものにはなってるんだろうけれど、じゃあホントにエンタテインメントになってるのかと言うと……。
ええい、見てみなけりゃわかんねーや。映画に予断は禁物だい。
いしいひさいち『ほんの本棚』(東京創元社/創元ライブラリ・630円)。
いしいさんのミステリ好きは、一連のシャーロック・ホームズのパロディマンガにもよく現れている。
この本も、半分はいしいさんのミステリを中心としたパロディ四コマ。半分と言うのは、残りは別人の書評だからだ。表紙にはいしいさんの名しかないが、実際に本文を書いているのは、タブチコースケ・広岡達三・藤原ひとみの三氏。……なわけないじゃん(^_^;)。
バーナビィ・ロス以来、ミステリマニアはすぐこういうお遊びをしたがるからなあ。日本でも既成作家が覆面作家(山本周五郎)とか加田伶太郎(福永武彦)とか嵯峨島昭(宇野鴻一郎)、鷹見緋紗子(天藤真・大谷羊太郎・草野唯雄)などの変名で作品書いてたことはあったが、どうもこのお三方の場合は「既成作家の」というわけではないらしい。
目次をめくるとそこにちゃんと「文・いしいひさいち・富岡雄一・峰いづみ」とある。いしいさんに書評が書けるとは思えないから(失礼)、タブチと広岡は富岡さん、藤原センセは峰いづみさんという方だろう。けれど問題が何一つ片付かないのは、じゃあ、この「富岡雄一と峰いづみ」ってのが誰なんだかさっぱり分らないからである。
東京創元社の社員か、それとも新進作家か。それなりの文章は書けてるんだけど、いしいさんのマンガに勝てるレベルじゃない。いしいさんの鋭いツッコミを見たあとじゃ文章がかすんじゃうのである。
この富岡さんと峰さんがいつまでもタブチや藤原センセの仮面をかぶっていられるわけじゃなし、本気で作家になるつもりなら、こういうイタズラはかえって逆効果じゃないかと思うんだがなあ。
マンガ、後藤圭二『ゲートキーパーズ』2巻(角川書店・567円)。
明日の笑顔のたぁーめにぃー♪
なんつーか、テーマソングは好きだったけどねー。
オタアミ会議室なんかでは徹底的に嫌われてるアニメ『ゲートキーパーズ』だけれど、時代を1969年に設定する意味がないし、時代考証も間違ってるって批判は、実はあまり当たってないんじゃないかと思う。
昭和44年だよ。
リアルタイムで生きてたヒトならわかると思うけど、その年、第一次ウルトラブームは既に終わっていた。『ゲゲゲの鬼太郎』が起こした妖怪ブームも一年余りを経て下火、新シリーズが始まるまでには、まだ2年を待たねばならない状況にあった。ゴジラ映画は前年の『怪獣総進撃』で一区切りを迎えていて、『オール怪獣大進撃』を第一作として「東宝チャンピオン祭り」は始まっていたが、未だムーブメントを起こすまでには至っていない。
何かハッキリしたブームというもののない、しかし来年に万博を控えて、なんとなく期待感だけはあった、そういうモヤモヤした時代だったのだ。
そういう、言わば「スキマの時代」。
あの時、こんなヒーローものがあったら。
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11月29日(木)
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