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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■行間を読んでね/映画『ラッシュアワー2』&『ファイナルファンタジー』
 今まで練習中、「この場ではこの人物をどう見せたいのか」ってことを聞いても、みんな、殆ど何も考えてなくて、暖簾に腕押しだったのだ。やる気が殺がれても、なんとか自分を鼓舞してきた。入院したのだって、はっきり言って、舞台のために体調を整えたかったからだ。
 いいか。
 私は今度の芝居のために、仕事を休んでまでカラダを整えようとしたのだぞ。
 それがもう、真っ先にしげに裏切られた(そのあたりの過程は、8月の日記に書いた)。
 ヒス起こすばかりで、真剣に芝居に取り組む気なんかこれっぽっちも見せやがらなかったのだ、あいつは。
 もう私は、椿三十郎じゃないが、「テメエのケツを切られちゃかなわねえ」って気分になっちまったのである。

 ……みんな、本当に芝居をやりたいのか? 別にクソマジメにやることはないのだ。宮本武蔵みたいな求道精神でものごと全て解決できるんなら、日本は戦争にだって負けてないってことになるし。遊んで、楽しんで、芝居を作って全然かまわないのだ。
 でも、仲間の足をひっぱって平気なヤツと芝居は作れない。私はみんなを仲間だと思うからこそ、役を降りた。降りるしかなかった。
 役を降りてもう2週間にもなるが、未だにしげはきちんと謝ってない。私はしげを今でも仲間だと思っているが、しげの方はなんとも思っていないのだろう。

 役に取り組む、芝居を作るってことの意味ってなんなのだ? それをもう一度みんな、考えて見る必要がないか?
 これは役者として未熟だとかプロじゃないから、とかいう次元とは全く関係のない話だ。
 例えば、殺人者の演技を行うのに、舞台上で本当に殺人を行うわけにはいかない。しかし、観客には本当にそこで殺人が行われているように錯覚させねばならない。そのためには何をどうしたらいいかを考える。
 それが、「芝居を考える」と言うことだ。
 それを、誰も考えようとしてないのだもの。
 「本気じゃない」と言われて腹は立つかもしれないけれど、事実だよね? それとも、感情的にならず、きちんと反論はできるのかな?

 先日、鈴邑くんが劇団ホームページに「くだらない なにもかも」と書きこんでいた。私は諸事情で掲示板の方に書きこむわけにはいかないので、メールで「どうしたの?」とその日のうちに問い合わせのメールを送った。
 鈴邑くんからも、簡潔に返事のメールが届いた。

 今日、鈴邑くんに会ったときも、私は「どうしたの?」と聞いたが、「メールに書いたとおりです」とだけ鈴邑くんは答えた。
 後はもう質問をする必要はない。
 私と鈴邑くんとはそういう会話をしたが、劇団のメンバーは、日記にも掲示板にも何の反応もしなかった。多分、メールも送ってはいまい。

 鈴邑くんは、「役を降りられたんですね」と私に聞いてきた。
 「約束、破られたからね」と答えると、鈴邑くんは「ウチなんてしょっちゅうですよ」と言って笑った。
 「5回も6回も破られたら、さすがにもうダメだね」と言って、私も笑った。
 笑ったつもりだったが、声には出なかった。

 つまり、そういうことである。


 みんなと別れて、しげとキャナルシティまで。
 福家書店を冷やかして(のつもりだったが、結局何冊も買い込む)、腹を減らしたしげに、トンカツを食わせる。
 時間の余裕があるので、映画のハシゴが久しぶりにできそうだ。

 AMCで、映画『ラッシュアワー2』を見る。
 福家書店に割引券が置いてあったので、しげと二人で600円のおトク。
 まあ、パンフレット代にはなったな。
 50歳になろうってジャッキーが、未だにアクション映画を撮り続けていることに素直に感謝。
 クリス・タッカーが中途半端にアクションが出来るのが邪魔だけれど(コメディとしてコントラストを付けるつもりなら、タッカーは絶対に口先だけの軟弱男にしなきゃウソだ)、1に続いて、いきなり冒頭で展開される「追っかけ→ぶら下がりギャグ」の連続、「これがジャッキー映画さ!」と思わず膝叩き。

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09月23日(日)
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