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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■私のマスコミ嫌いも根が深い/『雪が降る』(藤原伊織)/『新ゴーマニズム宣言』(小林よしのり)ほか
 私にしたところで、ウチで『画報』を買ってたのは子供のころのごく一時期だ。しかも既に記憶が曖昧で、年譜を見てみても、いつごろ買ってたのか断定できない。桑田次郎の『バットマン』を見てたような気もするが、そうなると昭和41、42年ごろ。3歳か4歳だ。ちょっと早すぎる気もするなあ。同時期の連載に森田拳次の『ロボタン』や手塚治虫の『マグマ大使』があるが、アニメや特撮の印象の方が強くて、マンガのほうまで読んでたかどうか、記憶にない。後年、単行本で読み返しはしてるけど。
 でも藤子不二雄の『怪物くん』がバタ臭くて嫌いだったという記憶は鮮明に残ってるから(このころから、FさんとAさんとの嗜好の違いを見分けていたのだなあ。3歳のガキのくせに生意気である)、読んでたのは確実なんだが。

 もちろん、私は『少年画報』を代表する二大マンガ、福井英一・武内つなよしの『赤胴鈴之助』や、桑田次郎の『まぼろし探偵』の時代には間に合っていない。だから、今回の特集で復刻された幻の福井英一版『赤胴鈴之助』を読めたのは感無量だった。(マンガ研究家には常識だが、『鈴之助』はもともと福井英一が第一回を描いた時点で急死し、あとを武内氏がつないだものなのである。現行の単行本では、第一回も武内氏が書き直しているため、福井版第一回は本当に幻になっていた)
 読んでみると、鈴之助の顔がやはり福井タッチで、『イガグリくん』少年版といった感じだ。
 ついでに言えば、東京ムービー製作のテレビアニメ『赤胴鈴之助』(キャラデザインは多分楠部大吉郎か小田部羊一)の顔だちが、原作は細長いソラマメ型なのに、随分丸顔で違ってるなあ、と思っていたのだが、原作の後期の絵柄がアレに近かったのだね。マンガのつねとして、細長く設定された顔でも、連載が長期化するにつれ、だんだん丸くなってしまうのである(リメイク版でまた細長くなるのはご愛嬌)。

 梶原一騎の小説デビュー作なども収録したこの雑誌、細かく読みこんでいくと新発見がたくさんある。梶原一騎、昭和38年に『新戦艦大和』と称して、世界征服をたくらむキラー博士から地球を守るため、「空中戦艦大和」を建造する「沖田艦長とその子供たち」って設定の原作を書いているのである。
 ……こわ持てで知られるカジワラ氏、よく『宇宙戦艦ヤマト』公開当時に「おれの原作を盗んだな!?」と文句をつけなかったな。
 もっともそんなカジワラ氏自身、東宝の『海底軍艦』がこの年の12月に公開されてるから、ストーリーを小耳に挟んで、いち早くマンガにパクったただけかもしれないけど。
 
 付録に創刊号の完全復刻(当初のタイトルは『冒険活劇文庫』)が付いているが、巻頭連載が永松健夫版の『黄金バット』!(加太こうじ版のほうが今は有名になってるけど、こっちのほうがオリジナル作家)
 紙芝居版は散逸して完全復刻は不可能だろうから、こちらの雑誌版はどこかで復刻してほしいなあ。


 藤原伊織『雪が降る』。
 ミステリーだと思って読んだらただの普通小説集。
 ……ちょっと詐欺にかかった気分だ。
 乱歩賞・直木賞のW受賞、『テロリストのパラソル』でも「文章の練達さ」が評価されてたけど、確かにヘタじゃないんだけど、この人の文章のうまさって「底が見える」うまさなんで、あまり誉めたくないんだよなあ。
 物語に読者を引きこむテクニックの一つは、読者を「おやっ」と思わせる「違和感」をいかに導入するかってことにあるが、ワザトラしすぎると鼻につくんだよね。

 例えば『トマト』。
 主人公の「ぼく」をバーに誘ったゆきずりの女が言う。「私は『人魚』なのよ」ここで乗るヤツは乗るが、引くヤツはもう引く。
 何とか乗って読んで行っても、女がバーで頼むのは「丸ごとのトマト」。
 人魚の世界にはトマトはないのだそうな。なぜなら野菜か果物か分らない中途半端なものだからだって。
 「中途半端」だとどうして存在できないのか、その理由もよく分らないけれど、別にトマトは中途半端じゃないんじゃないか。あれを「果物」と思ってたヤツなんているのか。それとも大阪(作者は大阪人)じゃトマトが野菜サラダにじゃなくフルーツポンチに乗ってて出てきたりするのか。
 更に女は「ぼく」に言う。

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07月16日(月)
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