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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」九日目/発表会本番!
これはどのグループも同じで、イッセー尾形&森田雄三という意地悪爺さんコンビは、本気で我々シロウトに、ナマの舞台で即興芝居を演じさせようとしているのだ。
これまでにもこのワークショップには二度参加してきているが、一番長い日程を組んでいながら、ここまで全くと言っていいほど直接的な練習をせずに本舞台を迎えるのは初めてである。
「稽古らしい稽古なんてしてないんだからね。お芝居はいりません。声だけがほしいんです。声を作って!」
各グループへのダメ出しは、殆どその点に集中する。
「今回は、二段構えで行きますから。まずは家族で喧嘩をしていると。これは必ず調子が落ちてきますから、そこでイッセーさんがやってきます」
けれども、イッセーさんがどの時点で入ってきて、何をするのかは一切知らされない。
時間はもう、わずか三時間しかなく、イッセーさんはやはり練習には参加せず、各グループの展開をただ眺めているだけである。
いったい何を企んでいるのか。
私たちのチームは全部で四人、親子三人に親戚のおばちゃん(祖母の妹)という構成である。
そのうち、妻役のKさんは、開演に間に合わないはずが、何とか休みを取って駆けつけてくれた。これで代役は一人ですむことになった。
そのTさんの代わりに、一回目の公演に子供役で参加してくれるのは、北九州公演でも一緒だったセイノさん。本気で舞台女優を目指していて、地元の劇団に所属している。
練習の合間にも、「自分が客観的にどう見えるか知りたい」と言って、「私はどんな風に見えますか?」と聞いてきて、メモを取っていた。
「一見、幼いけれども、芯に強そうなものは持っている感じかな。首を前に突き出す癖があるのが、何となく天然キャラっぽい」と、あまり誉めずに(笑)見たまんまの印象を伝える。
こういうときにへたなお世辞が何の意味もないことは私にも分かる。
全体の構成が発表されたが、ここで困った事態が起きた。
セイノさんがもともと出演するシーンだったおばあちゃん役のシーンと、私たちとのシーンと、発表順が連続することになったのだ。着替えの時間が取れない。
急遽、順番を入れ替えることになって、私たちの出番は三番目から四番目にずれることになった。
時間的な問題は解決したが、着替えをどこでするか、ということになって、セイノさんが森田さんに「脇で着替えていいですか?」と聞き、「ダメです。楽屋まで行きなさい」とピシャッと言われる。口調が厳しいので、セイノさん少し堪えてはいないかと心配になった。
声をかけると、「大丈夫です。この役はやりたいと思ってましたから」と元気に答える。
時間がなくて、これまでの日記ではあまり書いては来られなかったが、今回、森田さんにダメ出しをされ、どうしたらいいか分からなくなって、泣いたり逃亡を図ろうとした参加者の方は結構多い。
それを周囲の誰かが励まし、「一緒にやろう」と肩を抱いてきた。それまで殆ど会ったこともない人間同士が、わずか一週間でそういう間柄になってしまっている。
そうなのである。
うまくできなかった時、普通のワークショップや演劇の練習なら、「あいつ、いつまでヘマをやってるんだ」と、非難の目で見られることの方が普通だろう。
その視線の矢が突き刺さるために、失敗が続くと、自分がみなの足を引っ張っているという罪悪感が弥増すことになってしまう。
ところがこのワークショップには、その視線の矢が全くないのだ。セリフが出てこなくて進行が滞っても、溜息一つ漏れはしない。みんなが舞台を見て、心の中で「頑張れ、頑張れ」と応援しているのだ。
どうしてそんな状況が生まれるのだろう。
理由は多分こうだ。
みんながシロウトで、みんなが下手糞で、みんながダメ人間で、みんなが同じ立場だから、誰も誰かを傷つけようとはしないのだ。
すぐに喋りだせる人、時間のかかる人、多少の能力差はあるかもしれないが、それは人としての差では決してない。そのことに、みんなが気付いているのだ。
怒鳴られ貶され、散々罵倒されているのに、逆にそれが人と人との絆を深めていっている。
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11月17日(金)
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