ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491657hit]

■筑紫は国のまほろば/映画『ギミー・ヘブン』
 立春の日に古代のまほろばに思いを馳せるというのも何となく意義があるような別にどうでもいいような(笑)。弥生式土器の最古のものが発見された遺跡として知られ、それはおよそ紀元前900年。讖緯説(しんいせつ)に基づく神武天皇即位よりもはるか太古に博多の民は筑紫平野のあちこちに集落を作っていたのであって、庶民の歴史は天皇家より古いのである。そもそも人間の伝統はどこかの家一つを過剰に持ち上げずとも創世のころより連綿と続いているのだ(またこれも誤解を受けたらいかんから書いとくけど、別に天皇家をないがしろにしていいと言いたいわけじゃなくて、ウヨクやサヨクのように過剰反応する既知外と一緒にするなと言いたいだけだ)。
 それはさておき、休日とは言え、地元に古代史や考古学に興味がある人間がそんなにたくさんいるとは思わず、資料館もどうせ無人だろうと高を括って入ってみたら、確かに客は私一人だったのだが、観覧者の記帳記録を見ると、今日だけでもう十人ほどが来ていたのだった。しかも博多区民だけでなく、東区あたりからもやって来ている。意外に人気があるんだなあとビックリする。
 受付にいた館員さんも、ちょうどヒマだったのか、私がそう広くもない館内を見て回るのに一緒に付いてきて、展示物についていちいち解説をしてくれる。
 「これは、弥生人の足あとです。実際に残されていたものを石膏でかたどったんですよ。床にあるのもそうです」
 なるほど、床には24、5センチほどの足あとがふらふらと出口に向かって塗られている。
 「親指が随分、外に向かって離れてますね?」
 「ああ、それは田んぼの中で踏ん張っているからですよ。昔ははだしで、履物はなかったんです」
 なるほど、展示物を見ても当時の衣服は再現されていても履物はない。靴や下駄はなくても草履みたいなものはあったかもしれないが、少なくとも野良仕事で使うことはないだろう。現代人の発想だと、どうしても藁靴くらいは履いてたんじゃないかと思ってしまうところだ。
 村の側溝を掘り返したその地層を壁に貼り付けているのを見ていると、館員さんがまた近づいてきて、「ここに青銅器がありますよ」と、土の中の出っ張りを握ってみせた。展示物が剥がれるんじゃないかと心配するほどだったのだが、館員さんは気にもしないで、勝手に解説を始めてしまう。
 「弥生時代にはまだ青銅器はありませんからね、これはその時代には側溝はもう埋められて、ゴミ捨て場になっていたということなんですよ」
 つまりこの村が存在した期間も、土器の材料の科学的分析やそんなことからほぼ確定できるということである。その青銅器は何の道具だろうなどとちょっと疑問に思いはしたのだが、ヘタに質問などをしてしまうと解説攻めに遭いそうだったので(笑)、適当なところで資料館は引き上げて、遺跡の方に回る。
 発掘された広い敷地は公園のようになっていて、近所の人たちにとってはちょうどいい散歩コースだ。村の周囲がぐるりとかなり深い側溝になっているのは、用水のためもあるが外的からの防衛のためもあるのだろう。土手は切り立っていて足場はかなり悪く、ちょっとバランスを崩したら、側溝の下まで転げ落ちてしまいそうである。打ち所が悪ければ大怪我をしそうな感じだ。私には多少高所恐怖症の気があって、ベランダの手すりから下を見下ろすとクラッとなることもしばしばなのだが、不思議なことにその上に立ってもあまり怖いという感じがしない。高いと言っても、空中に放り出されるわけではなく、転がり落ちて行くイメージガ想定できるからだろう。本当に転がり落ちたりはしないよう、充分気をつけて、携帯で写真を撮る。あとでミクシィにアップするためである。こちらの日記は写真をアップできないのがネックだね(できるのかもしれないがやり方が分からない)。

[5]続きを読む

02月04日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る