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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■明日更新できるかどうかは分からない/『サーティーガール』1・2巻(岩崎つばさ・カワイシンゴ)
 その人の言葉はその人のこれまでの生活環境、経験によって培われた独自のものであるから、実は自分以外の人間には全く通じない。それが「通じている」ように錯覚するのは、表現上、「コトバのカタチ」が共通しているからにすぎない。自分の使う言葉の概念が相手のそれと一致しているわけではないということを常に自覚し、相手の言語フィールドがいかようなものであるかを類推し、自らのフィールドも相手に類推させるようにして喋らないと、そもそも会話というものは成立しないのだが、その自覚のない人間がいかに増えていることか(最近の「言葉の乱れ」の原因はこの点にある)。一つの言葉が、相手によっては「傲慢」と「謙虚」、全く逆に受け取られることだってあるのだが、イマドキの若い人は、“そんなことも知らない”。

 ドッグさんの芝居を見てみると、ひとりよがりで自家撞着な表現が続出していて、「ああ、この人も言葉に対する自覚がないのだなあ」ということが見て取れるのだが、こういう人がコミュニケーション不全のしげと会話を成立させることは至難なわざだろう。自分の方にも表現の不手際がどれほどあるか、具体的には理解できていないに違いない。逆にしげとの会話の中で「自分の言葉がいかに無力であるか」ということに気づければ、もちょっとマシな芝居が書けるようになるんじゃないかと期待してたんだけど。
 福岡の演劇ウェブサイとなどをいくつか見てみると、ドッグさんの芝居、とんでもなく酷評を食らっている。ウチの劇団への批判などかわいいくらいのものなのだが、その原因がどこにあるか、表面的な演技力不足に起因する程度にしかドッグさんは考えていないのではないか。それどころか「演劇の基本が理解できていない」ほどのテイタラクなのだが、自らの謙虚さが高慢に受け取られる可能性だってあることに理解が至らない状態が続くのであれば、今後もマトモな芝居は書けまい。残念ながらそこまでのスキルをドッグさんに求めるのはムリだったようである。別に演劇人でなければそこまでのスキルは必要ないんだけどね。
 こういう言葉についての「常識」も、昔はいちいち口にする必要がなかったんだけどなあ。


 連休前に仕事がひと段落着いたので、出勤してても精神的には結構ラク。
 仕事の合間に時間もできたので、東京のグータロウ君ともメールのやりとり。私の携帯はもちろん私の私物ではあるのだが、しげには全て内容をチェックされている。そのことを書いて送ったら、グータロウ君は驚いていた。あちらのご家庭では、奥さんはいちいちそんなことはされないらしい(つか、それが普通だよな)。
 だいたい、メールの内容をいちいち心配するというのは「浮気性な男」を夫に持った妻だけだと思うのだが、私のどこをどう見たらそれに該当するというのか。それに私が本当に浮気をするのであれば、もう一つ携帯を使って、しげに見つからないところに隠しておく。けれど、そんなめんどくさいことまでして浮気したがる性格かどうか、私を見ていれば分かりそうなものだ。
 つかよー、お前とつきあってるだけで精神的にも肉体的にも疲労しまくりだってのに、なんでさらに疲れるような人間関係をさらに構築せにゃあならんのか。俺は「浮気で癒される」なんて幻想を信じられるほど落ちちゃいねーぞ。
 そのへん、納得できないあたりもしげのココロが壊れている証拠なのである。


 マンガ、岩崎つばさ・カワイシンゴ『サーティーガール』1・2巻(白泉社)。
 日立のオール電化キャラクターが人気を呼んでのコミック化。ちょっとは広告マンガも入ってるが、殆どは“突撃爆走主婦”湯神リリコ(30歳)と、人語を喋れてパソコンも自由自在のスーパーキャット・ジョーズ、そして湯神家のゆかいな人々およびご町内のみなさんのドタバタを描いたギャグマンガだ。
 登場人物がやたら多くて、思いっきり丸っこいアニメ絵なもので、パッと見、キャラクターの区別がつきにくいのだが、何度か読み返していくと、猪突猛進でオトコマエな湯神家のヨメ・リリコに、猛烈にお喋りで家事能力ナシの長女・加奈子、しっかりものだけれど食い気爆発の次女・奈緒子など、個々のキャラクターの区別がついて面白くなってくる。

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07月19日(火)
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