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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■形ばかりの反省なら黙ってようよ/『時代劇スペシャル 丹下左膳 剣風!百万両の壷』
→「助かった方もあったかも」という可能性を示唆する言葉でしか反省を語れないのが、事故の責任を回避したい心理の表れです。「俺がいても助けられなかったかもしれないんだから責めないでくれ」と思っているのでなければ、こういう書き方はできません。「悔やんでも悔やみきれません」という言葉は決まり文句で、感情が殆どこめられていません。こういう言葉で文を締めるあたり、「もう、これで勘弁してくれ」という逃げの姿勢の表れなのです。
〉私の行動は非難されてもしかたのない行動で大変申し訳なく思っております。
→「非難されてもしかたのない」であって、「非難されるべき」とは言っていません。つまり、彼を責める我々が悪く、彼自身は悪くない、と内心では思っているのです。積極的に罪を認めるつもりがないことがよく分かります。
〉私は一生、この重い荷物を背負っていかなければならないし、二度とこのような事故を起こさないようJR社員一同が一丸となり、信頼回復に努めなければならないと思っております。
→もう「殉教者」気取りです。ハタチそこらの人間が「一生重い荷物を」と言うのならまだ若さゆえの重い上がりとも言えましょうが、六十になろうとする老い先短いジジイが「一生」だなんて、何歳まで生きるつもりなんでしょうか。「こんなことで自分の人生に烙印押されてたまるか」という気持ちがなければ、こんな台詞は出てきません。「JR一同が」にも、「自分にだけ責任取らせるんじゃねえぞ、悪いのはJR西日本全体だろうが」という憤懣が背景にあります。それはその通りなんだけれども、だからと言って、自分が逃げた責任から逃れられるわけはないんで、かえって本人の卑劣さが行間からにじみ出てしまっています。
一応、ワタクシメも大学時代から文章心理学を専門にやってきた過程がありますので、この分析、そうたいして外れちゃいないと思ってますが、いかがなもんでしょうか。まあ私も決まり文句ばかりで実のない文章はよく書いてるんで、人のことは言えないのですが(←この「人のことは言えない」というのが決まり文句ね。こう言っときゃ反省してるように見える、というやつです。そのココロは「人のことは言えないけど、私の意見は変えないよ」という意味なのね(笑))。
でも、ここまで底が浅くて見え透いてる反省文を書かせるってのも、JR西日本が、それだけ国民を思いきり愚弄してるってことなんである。国民の知的レベルをその程度と踏んでいるということなのである(でなきゃ、あんなヘボ反省文、書きなおさせてらあ。「実は自分たちは悪くない」と言いたいからあんな文になるのだ)。
あれ読んで「ああ、この二人は本当に反省してるんだなあ。可哀想に」なんて言って騙される人、いると思ってるのかね? たまにホントにいるから情けないんだけど。
休日なので、朝からしげと映画に行く予定であったが、直前になってしげがキャンセル。継続中の鬱のせいである。
病院に通っていても、最近はクスリ以外の治療効果があまり上がっていない。問診で先生から「どうして鬱なんですか?」と聞かれるのが嫌なのだそうだ。
それこそ「どうして聞かれるのが嫌なのか?」と問いただしてみるのだが、「だって、理由を“作らないといけない”から」と答える。本人にもどうしていきなり情緒不安定に陥るのかが分からないのだそうだが、かと言って、本人以外に理由が分かるはずもないのだから、先生にしても「どうして?」と聞く以外にななかろう。ぶちぶち拗ねるしげのほうが間違っているのである。直感だけで生きてる人間は自己分析の能力もないから困るんだよね。
「だからどうして映画に行きたくないのさ」と詰め寄ったら、「だって今日は、新しい抗鬱剤をもらったんだもん」と言う。それがどう効き目があるか分からないから、映画はやめるのだとか。よく分かるような分からないような、妙なリクツで、映画見た後で飲むのじゃダメなの? と思うのだが、しげの様子を見ていると何だか切羽詰っている感じで、なるほど、映画を見ている最中にぼろぼろ泣き出しそうな気配である。
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05月14日(土)
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